ついに、先月20日に引っ越しました。
quintetにすごかったです。まずは、段ボールの山。結局荷造りして段ボールに入れるということは、今まで押し入れやたんすに入っていたものが表に出てくるということですが、これがすごかった。12畳あったリビングの半分まで段ボールが来て(もちろん天井までの高さで、です。この間に地震が来たら確実に死ぬと思いました)、ついに照明器具まで段ボールで埋まったので、仕方なく今度は隣の6畳の部屋に入れましたがこれも一緒の状況になり、急きょ玄関や廊下、キッチンや4畳半の部屋まで、寝室を除くすべての部屋に分散しましたが、それでも荷造りは引っ越し当日まで終わりませんでした。だって、もう部屋がないんですもの。
次にすごかったのは、引っ越し当日のこと。引越し屋さんが部屋に入ってひとこと「うわっ」そして「お客さん、荷造りしてないものは持っていけませんから」「大丈夫です。積み込み終了までに終わりますからっ」と、引越し屋さんが積み込み作業をしている間にガンガン分別も何もなく、とにかく段ボールに突っ込む。そして、引越し屋さんがトラックに段ボールを積み込むことで生じた空きスペースに、新しく荷造りした段ボール箱をどんどん置いていくものだから、トラックにつも混んでいるにもかかわらず、部屋は最初とほぼ変わらない状況が午前中続きました。ピアノの運搬業者が来たのですが、段ボールの山に阻まれてピアノが運び出せなかったり、電気屋さんがエアコンの取り外しに来たもののエアコンに触れるところまではいれなかったりと、どの業者さんも「ちょっとすごいですねえ(笑)」と感心していました。そんなこんなで積み込んだ荷物は、きっちり6トントラック2台分いっぱいいっぱいでした。よかった~、安い業者の「大きいものは確実に運びます。で、4トントラック積み切り2台分で、残りはご自分の車で運んでいただくということで~、このお値段です。お値打ちですよ~」なんていう甘い言葉に惑わされなくて。そんなことしていたら、本当に荷物を捨てていくことになるところでした。午後の積み込みになると、部屋もだいぶ空いて来て余裕が出てきましたが、今度は荷造りの追い付かないものがあり、結局引越し屋さんも見境なく段ボールに突っ込むのを手伝ってくれました。そして、いよいよ積み込み終了、って段になって、「(引)もう、お荷物これで全部ですか?」「はい」「ここは大丈夫ですか?」と引越し屋さんが玄関わきの物入れの戸を開けると、そこには手つかずの荷物がびっしり。「…っ!!(驚)」よかったです。引越し屋さんに言われなければそのまま置いて行ってしまうところでした。もちろん、引越し屋さんと一緒に急いで段ボールに詰めましたよ。
3つめにすごかったのは、引っ越し先の段ボール。段ボールにはみんな部屋番号が書いてあったのですが、これがそれぞれの部屋に入りきらない。そりゃあ、考えてみれば当然です。3LDKが4LDKになったくらいで、一部屋の大きさに大差がなければ荷造りの時と同じ状況になるのは明白でしたが、「広くなる~♪」と浮かれていた私にはその判断がつきませんでした。で、入りきりませんでした。そのため、最後はせっかくの分別も役に立たず、とりあえずは一番広いLDKに何もかもが突っ込まれることとなり、何が何だか分からなくなっていしまいました。
4つ目にすごかったのは、退去後の部屋のゴミ。全部持って行ってもらったつもりでも、あとで掃除に来てみると、壁や窓には生活していた時と同じものが貼ったまま、掛かったままのものが山ほどありました。出てくるゴミ、なんだかわからない残骸、なんか、今までよくこんな汚い所に住んでいたものだと思うほどに汚れていました。廃墟マニアなんかが見たら喜びそうな有様でした。
と、なんとか引っ越しも終わり、新しい生活と仕事が始まりましたが、荷解きは道半ばです。
引越し翌日に一番困ったのは、朝学校に行くのにランドセルが出てこないことでした(笑)。朝から家族総出で片っ端から怪しいダンボールを開けて探しましたよ。今だから笑って話せますが、当時は必死でした。もう、向こう10年は引越ししたくないですね。
玻南の裁判書類も、ようやっと見つかりました。また、続きを書きます。
でも、まだしばらくは無理かも(泣)。でも、頑張ります。気長に待ってやってください。よろしくお願いします。
2010年8月23日月曜日
初戦 VS 名古屋家庭裁判所の陣 ③ 初戦敗退(泣)
ついに2学期。新学期早々に幼稚園のバザーで先週まで幼稚園に詰めっ放しで、今週からはいよいよ本格的に荷造りモードに突入です★ 引越しを来週の月曜日に控え、だんだん増えていくダンボールに囲まれてで暮らしています。公団の3LDKに住みながら、なぜか6tトラック2台分の荷物で、引越し費用も馬鹿になりません。できるところは自分でやってなるべくコストを抑える方針ですが、果たして荷造り間に合うのか? ドキドキです。
うちのハニー姫は、最近「ブロージット玻南姫」と名前が変わっています。「え? ブロージット?それって、ドイツ式の乾杯だよね?」と思われた方、いい線行ってます(^0^)v。
うちのブロージット姫、ちょっとお利口になってきて、「これ、流しに入れてきてね」と頼むと、いそいそと流しに運んでくれます。そして・・・・ブロージットって感じで、勢い良く流しに投げ込むのです。それが、硬いマグカップだったりすると・・・言わずもがな。流しの中のお茶碗やお皿の類は、これが勢い良く割れていくんですよね、しかも新しかったりセット物だったりするものから優先的に(泣)。うちの家族のお茶碗は全員が一人2個づつ全部で14個ありましたが、今は家族全員の分を合わせて3個しか残っていません。
そこで、我が家のブロージット玻南姫に渡すコップは百均のプラコップのみ、という暗黙のルールが出来上がってしまいました(百均のプラコップは、他よりも軽いから)。お姫なのに百均・・・。なんか納得できない母です。
・・・しかし、彼女の凄さはそれだけにとどまらず。お買い物で、いそいそと勝手に子供用買い物カートにいろいろ入れてきて「あっ(ほめて)」と報告する姫。ある時「今日はいらないから、そこに返してきて」というと、胡瓜の袋をつかみ山の前に行き、いきなり勢い良くブロージット!!!・・・急いで取り押さえましたが、「何がいけないのよ!?」と言わんばかりに怒りたくるブロージット玻南姫。まったく、5人目にもなるといつ何時も女の子であっても油断してはいけないと痛感しました。
そんな油断できない妹に比べ、三男の愛世。車に乗っていて「お母さん、今、バスにかわいい子が乗っていたよ。お目目がクリクリって大きい子」「(朝一緒に幼稚園に登園する玻南を見て)お母さん、ハニーちゃんかわいいねえ」と「お前が『かわいい』だろうっ!」と突っ込みたくなる発言が多発。穏やかで争いを好まず、親和的な愛世と、何事にも徹底して激しい玻南姫。なんか、間違ってるかも・・・と不安がよぎります。
* * *
さて、市役所とのやり取りではなんともしっくり来なかったのですが、それはそれ、これはこれ、と家庭裁判所の審判には「もしかしたらOKになるかも」なんて期待して待っていました。とにかく、うちのPCじゃ変換も容易だし、携帯だって出るし、何せ裁判所のPCでも印字されているくらいだし。簡単な字だし。後は親の心情でアピールして、「お代官様よろしくお願いします。」って気分でしたから。浅はかでしたね、本当に。
そして、それはある寒い冬、多分木曜日の午後、突然やってきました。
幼稚園から帰ってきて少しすると、ピンポーン♪とインターホンがなりました。確か「裁判所からの特別送達です」とか何とか言われたような記憶があります。裁判所に申し立てはしているものの、精神的にすっかり弛緩し切っていた私は、インターホン越の郵便やさんの言葉を聞いて急激に血中アドレナリン濃度が上るのを感じました。心臓はドキドキして、手が震えました。
玄関で、受け取りのサインを書き、A4サイズの封書を受け取ると、とりあえずダイニングのテーブルの上に置きました。とりあえずは主人に「届いた」と、メールし、そのまま主人が帰るまで待ちました。
主人が帰ってきました。主人と二人で封筒を挟んで顔を突き合わせて、誰も聞いていないのにひそひそと言葉を交わしました。
「来たねェ」
「うん、来たねえ。」
「意外と薄っぺらいねえ」
「うん。うすいな。薄っぺらいとさ、いい思い出ないんだよね。・・・受験の不合格通知とか?」
「・・・確かに。ヤなこと思い出させないでよ」
「ご~めん。でもさ。」
「うん、わかるけど。」
「どうかなあ」
「どうだろう。」
「・・・・とにかく、開けてみる?」
「そうだよね」
といった感じで、おっかなびっくりあけました。私たちの血中アドレナリン濃度は上がりっぱなしです。本当に口から心臓が出そうな勢いで、バクバクバクバクと踊っています。
それでも私は「いい返事だといいな♪」くらいに思っていました。どっちかって言うと、帰ってきた答案用紙の点数をどきどきしながら見るような気分でした。
すると、以下の文面が目に入りました。
平成20年(家)第3523号 市町村長の処分に対する不服申し立て事件
審判
本籍 (省略)
住所 (省略)
申立人 矢藤仁 昭和(略)年(略)月(略)日生
(以下「申立人仁」という。)
本籍・住所 申立人 矢藤仁に同じ
申立人 矢藤清恵 昭和(略)年(略)月(略)日生
(以下「申立人清恵」という。)
主文
申立人両名の本件申し立てをいずれも却下する。
理由
第1 申し立ての趣旨および実情
申立人は平成20年12月8日、名古屋市東区長に対し、二女玻南(はな)の出生届け(以下「本件出生届」という。)を提出したが、戸籍法50条2項に定めのある子の何用いる文字以外の文字を使用した名であるとして受理されなかった。しかし、「玻」はワープロ入力等でも難なく変換・表示される一般的な文字である上、古来より、瑠璃、玻璃と七宝のひとつに数えられる宝玉の一つであり、日本人の心に根ざしたもものである。また、「玻南」は、姉である「瑠都」と対をなすものであり、申立人両名にとって大切な宝玉であることを示す「玻」と、暖かく皆に囲まれた中で育つ「南」を指すものであって、次女が、家族みんなが待ち望んだ大切で、愛しい宝玉であるという思いが込められており、どちらの字がかけても、申立人両名の二女に対する深い思うが込められた名前になり得ない。このように、二女の名としては、「玻南」以外ありえないことや、「玻」は、日本人の心に根ざし、かつ常用平易な文字であることからすれば、本件出生届けは受理されなければならないものである。
よって、名古屋市東区長の本件出生届の不受理処分に対し不服を申し立てる。
第2 当裁判所の判断
1 一件記録によれば、平成20年11月23日、申立人両名との間に二女が出生したこと、申立人仁は、同年12月8日に名古屋市役所に本件出生届を提出したこと、同区長は、本件出生届の子の名に使用されている「玻」の文字が戸籍法50条および施工規則60条に規定する子の名に用いることができる文字以外の文字であることを理由に本件出生届を受理しなかったことが認められる。
2 ところで、子の名には、常用平易な文字を用いなければならないとされ(戸籍法50条1項)、常用平易な文字の範囲は、法務省令でこれを定めるとされているところ(同条2項)、」法務省例である戸籍法施工規則60条は、常用平易な文字とは、①常用漢字表(昭和56年内閣告示第1号)に掲げる漢字、②別表第二に掲げる漢字、③片仮名またはひらがなのいずれかと定めているから、同条各号のいずれかに該当すれば、当該文字を子の名に使用することができる。もっとも、同条各号に該当しない文字であっても、家庭裁判所は、心理手続きに提出された資料、高知の事実に照らし、当該文字が社会通念上、明らかに常用平易な文字と認められるときは、当該市町村長に対し、当該文字を子の名に使用した出生届の受理を命じることができると解される)最高裁判所平成15年12t浮き25日決定。民集57巻11号2562頁参照)。
これを、本件出生届に申立人両名の二女の名として記載された「玻」の文字について検討するに、まず、「玻」の文字が、社会通念上明らかに常用平易な文字と認められるか否かを検討する。
この点、申立人両名は、「玻」の文字は、ワープロ入力などでも難なく変換・表示される一般的なものであると主張するが、ワープロ等で「は」を入力して変換した場合、すべてのソフトで一回で「玻」用例としては、「玻」に変換されるわけではないことが認められる。また、講談社「新大辞典」などの辞典に掲載されているが、その用法としては、「玻璃」のみであり、同単語も一般的に使用される単語とは認めがたいし、また、一件記録によれば、「玻」の文字を使用するb氏や地名等も多いと言うことはできない上、その他同字が社会通念上明らかに平易である文字であることを認めるに足りる的確な資料はないこと(なお、平成21年1月17日付の朝日新聞の報道によると、現在、文化審議会国語分科会の漢字小委員会は、常用漢字表の見直し作業をしているところ、日常よく使われる漢字として追加される191字に「玻」の文字は挙がっていないことが認められる。)に照らすと、「玻」の文字が、社会通念上、あきらかに常用平易な文字とすることはできないといわざるを得ない。
そうすると、本件出生届を不受理とした名古屋市東区長の処分は、違法または不当とはいえないから、、申立人両名の本件申し立てをいずれも却下すること(なお、申立人清恵については、本件出生届をしておらず、申し立て権ないし本件申し立ての利益があるといえるか疑問があり、申し立て権などがない場合には本件申し立てが不適法となるし、仮に、もうしたてけんなどがあるとしても、上記の通り、本件申し立てには理由がないことになるから、同人本件申し立ても却下を免れない。)、主文の通り審判する
平成21年1月26日
名古屋家庭裁判所
家事審判官 西田政博
たったこれだけの短い文章でした。
一番最初に「却下する」の文字が目に飛び込んできました。この文字を見たときには、子供の受験で不合格通知を受け取ったときと同じくらい「え?なんで?? どうして?」という気分でした。
文面は平易で、一度読めば、裁判官の言いたいことが良くわかりました。「つまり、①ワープロ変換で簡単にできない機種がある②辞書で、「玻」の用例が少ない。③氏・地名が少ない④文化審議会国語分科会の漢字小委員会の見直し候補に挙がっていない。④同じ字の申し立てをした名古屋市瑞穂区の夫婦も棄却されているということでした。
これを読んだとき、私はひどく落胆して、「駄目なんだ。法律の壁は厚い」なんて、ガックリ落ち込み、「これから、玻南の漢字はどうすればいいの??」なんて、目の前真っ暗な気分でした。
一方、主人は「・・・使われていないって言うんなら、実際の使用例を集めてみたらいいんじゃない? 氏や地名も。ワープロ変換簡単にできないって言うんだったら、コジマ電気とかにいって、実際どのくらいの数が変換できてどのくらいの数が変換できないのかを調べたらはっきりするんじゃない?」と冷静にいいました。
普段は優柔不断ではっきりしなくて、家の中の98%は私任せで肝心なことは全部私任せの怠け者な主人です。無駄に私の周りにいる暑い夏のとき、やたらと家中に変な棚を作って死蔵品を増やすとき、何回言っても冷蔵庫に適当に食べ物を突っ込んで死角を作り結果カビの培養をするとき、たたんだ洗濯物を適当にみんなの引き出しに突っ込んで必要な服の行方不明者を多数出すとき、子供の受験やお稽古で私がいっぱいいっぱいになっているときに「だから僕は嫌だって言ったのに」と「自分は苦労したくない」発言が出るとき、何でか油断できないお出かけのときに限って10年使い続けている色あせたしかも短パンをはいて来ていることに目的地で気づくとき、「金城武みたいだろう?」とか何とかいって後退前髪も含めて後ろで縛る痛々しい姿を見るとき、何日もひげをそらずにインチキくさい容貌になっているのに気にしないとき、深夜番組を見て朝起きれない子供みたいなことをするとき。「あ~、本当に離婚したい」と何度思ったか知れないダメダメ主人ですが、このときばかりは主人と結婚してよかったとつくづく思いました。
冷静に審判書の中身を吟味して、冷静にその可否を判断できる主人がどんなに格好良く見えたか!!! ・・・結婚して15年以上たって、いまさらながらではあるものの「つり橋理論」で主人が格好良く見え、惚れ直しましたね(笑)。
そして、私たちの第二ラウンドが始まりました。 (続く)
うちのハニー姫は、最近「ブロージット玻南姫」と名前が変わっています。「え? ブロージット?それって、ドイツ式の乾杯だよね?」と思われた方、いい線行ってます(^0^)v。
うちのブロージット姫、ちょっとお利口になってきて、「これ、流しに入れてきてね」と頼むと、いそいそと流しに運んでくれます。そして・・・・ブロージットって感じで、勢い良く流しに投げ込むのです。それが、硬いマグカップだったりすると・・・言わずもがな。流しの中のお茶碗やお皿の類は、これが勢い良く割れていくんですよね、しかも新しかったりセット物だったりするものから優先的に(泣)。うちの家族のお茶碗は全員が一人2個づつ全部で14個ありましたが、今は家族全員の分を合わせて3個しか残っていません。
そこで、我が家のブロージット玻南姫に渡すコップは百均のプラコップのみ、という暗黙のルールが出来上がってしまいました(百均のプラコップは、他よりも軽いから)。お姫なのに百均・・・。なんか納得できない母です。
・・・しかし、彼女の凄さはそれだけにとどまらず。お買い物で、いそいそと勝手に子供用買い物カートにいろいろ入れてきて「あっ(ほめて)」と報告する姫。ある時「今日はいらないから、そこに返してきて」というと、胡瓜の袋をつかみ山の前に行き、いきなり勢い良くブロージット!!!・・・急いで取り押さえましたが、「何がいけないのよ!?」と言わんばかりに怒りたくるブロージット玻南姫。まったく、5人目にもなるといつ何時も女の子であっても油断してはいけないと痛感しました。
そんな油断できない妹に比べ、三男の愛世。車に乗っていて「お母さん、今、バスにかわいい子が乗っていたよ。お目目がクリクリって大きい子」「(朝一緒に幼稚園に登園する玻南を見て)お母さん、ハニーちゃんかわいいねえ」と「お前が『かわいい』だろうっ!」と突っ込みたくなる発言が多発。穏やかで争いを好まず、親和的な愛世と、何事にも徹底して激しい玻南姫。なんか、間違ってるかも・・・と不安がよぎります。
* * *
さて、市役所とのやり取りではなんともしっくり来なかったのですが、それはそれ、これはこれ、と家庭裁判所の審判には「もしかしたらOKになるかも」なんて期待して待っていました。とにかく、うちのPCじゃ変換も容易だし、携帯だって出るし、何せ裁判所のPCでも印字されているくらいだし。簡単な字だし。後は親の心情でアピールして、「お代官様よろしくお願いします。」って気分でしたから。浅はかでしたね、本当に。
そして、それはある寒い冬、多分木曜日の午後、突然やってきました。
幼稚園から帰ってきて少しすると、ピンポーン♪とインターホンがなりました。確か「裁判所からの特別送達です」とか何とか言われたような記憶があります。裁判所に申し立てはしているものの、精神的にすっかり弛緩し切っていた私は、インターホン越の郵便やさんの言葉を聞いて急激に血中アドレナリン濃度が上るのを感じました。心臓はドキドキして、手が震えました。
玄関で、受け取りのサインを書き、A4サイズの封書を受け取ると、とりあえずダイニングのテーブルの上に置きました。とりあえずは主人に「届いた」と、メールし、そのまま主人が帰るまで待ちました。
主人が帰ってきました。主人と二人で封筒を挟んで顔を突き合わせて、誰も聞いていないのにひそひそと言葉を交わしました。
「来たねェ」
「うん、来たねえ。」
「意外と薄っぺらいねえ」
「うん。うすいな。薄っぺらいとさ、いい思い出ないんだよね。・・・受験の不合格通知とか?」
「・・・確かに。ヤなこと思い出させないでよ」
「ご~めん。でもさ。」
「うん、わかるけど。」
「どうかなあ」
「どうだろう。」
「・・・・とにかく、開けてみる?」
「そうだよね」
といった感じで、おっかなびっくりあけました。私たちの血中アドレナリン濃度は上がりっぱなしです。本当に口から心臓が出そうな勢いで、バクバクバクバクと踊っています。
それでも私は「いい返事だといいな♪」くらいに思っていました。どっちかって言うと、帰ってきた答案用紙の点数をどきどきしながら見るような気分でした。
すると、以下の文面が目に入りました。
平成20年(家)第3523号 市町村長の処分に対する不服申し立て事件
審判
本籍 (省略)
住所 (省略)
申立人 矢藤仁 昭和(略)年(略)月(略)日生
(以下「申立人仁」という。)
本籍・住所 申立人 矢藤仁に同じ
申立人 矢藤清恵 昭和(略)年(略)月(略)日生
(以下「申立人清恵」という。)
主文
申立人両名の本件申し立てをいずれも却下する。
理由
第1 申し立ての趣旨および実情
申立人は平成20年12月8日、名古屋市東区長に対し、二女玻南(はな)の出生届け(以下「本件出生届」という。)を提出したが、戸籍法50条2項に定めのある子の何用いる文字以外の文字を使用した名であるとして受理されなかった。しかし、「玻」はワープロ入力等でも難なく変換・表示される一般的な文字である上、古来より、瑠璃、玻璃と七宝のひとつに数えられる宝玉の一つであり、日本人の心に根ざしたもものである。また、「玻南」は、姉である「瑠都」と対をなすものであり、申立人両名にとって大切な宝玉であることを示す「玻」と、暖かく皆に囲まれた中で育つ「南」を指すものであって、次女が、家族みんなが待ち望んだ大切で、愛しい宝玉であるという思いが込められており、どちらの字がかけても、申立人両名の二女に対する深い思うが込められた名前になり得ない。このように、二女の名としては、「玻南」以外ありえないことや、「玻」は、日本人の心に根ざし、かつ常用平易な文字であることからすれば、本件出生届けは受理されなければならないものである。
よって、名古屋市東区長の本件出生届の不受理処分に対し不服を申し立てる。
第2 当裁判所の判断
1 一件記録によれば、平成20年11月23日、申立人両名との間に二女が出生したこと、申立人仁は、同年12月8日に名古屋市役所に本件出生届を提出したこと、同区長は、本件出生届の子の名に使用されている「玻」の文字が戸籍法50条および施工規則60条に規定する子の名に用いることができる文字以外の文字であることを理由に本件出生届を受理しなかったことが認められる。
2 ところで、子の名には、常用平易な文字を用いなければならないとされ(戸籍法50条1項)、常用平易な文字の範囲は、法務省令でこれを定めるとされているところ(同条2項)、」法務省例である戸籍法施工規則60条は、常用平易な文字とは、①常用漢字表(昭和56年内閣告示第1号)に掲げる漢字、②別表第二に掲げる漢字、③片仮名またはひらがなのいずれかと定めているから、同条各号のいずれかに該当すれば、当該文字を子の名に使用することができる。もっとも、同条各号に該当しない文字であっても、家庭裁判所は、心理手続きに提出された資料、高知の事実に照らし、当該文字が社会通念上、明らかに常用平易な文字と認められるときは、当該市町村長に対し、当該文字を子の名に使用した出生届の受理を命じることができると解される)最高裁判所平成15年12t浮き25日決定。民集57巻11号2562頁参照)。
これを、本件出生届に申立人両名の二女の名として記載された「玻」の文字について検討するに、まず、「玻」の文字が、社会通念上明らかに常用平易な文字と認められるか否かを検討する。
この点、申立人両名は、「玻」の文字は、ワープロ入力などでも難なく変換・表示される一般的なものであると主張するが、ワープロ等で「は」を入力して変換した場合、すべてのソフトで一回で「玻」用例としては、「玻」に変換されるわけではないことが認められる。また、講談社「新大辞典」などの辞典に掲載されているが、その用法としては、「玻璃」のみであり、同単語も一般的に使用される単語とは認めがたいし、また、一件記録によれば、「玻」の文字を使用するb氏や地名等も多いと言うことはできない上、その他同字が社会通念上明らかに平易である文字であることを認めるに足りる的確な資料はないこと(なお、平成21年1月17日付の朝日新聞の報道によると、現在、文化審議会国語分科会の漢字小委員会は、常用漢字表の見直し作業をしているところ、日常よく使われる漢字として追加される191字に「玻」の文字は挙がっていないことが認められる。)に照らすと、「玻」の文字が、社会通念上、あきらかに常用平易な文字とすることはできないといわざるを得ない。
そうすると、本件出生届を不受理とした名古屋市東区長の処分は、違法または不当とはいえないから、、申立人両名の本件申し立てをいずれも却下すること(なお、申立人清恵については、本件出生届をしておらず、申し立て権ないし本件申し立ての利益があるといえるか疑問があり、申し立て権などがない場合には本件申し立てが不適法となるし、仮に、もうしたてけんなどがあるとしても、上記の通り、本件申し立てには理由がないことになるから、同人本件申し立ても却下を免れない。)、主文の通り審判する
平成21年1月26日
名古屋家庭裁判所
家事審判官 西田政博
たったこれだけの短い文章でした。
一番最初に「却下する」の文字が目に飛び込んできました。この文字を見たときには、子供の受験で不合格通知を受け取ったときと同じくらい「え?なんで?? どうして?」という気分でした。
文面は平易で、一度読めば、裁判官の言いたいことが良くわかりました。「つまり、①ワープロ変換で簡単にできない機種がある②辞書で、「玻」の用例が少ない。③氏・地名が少ない④文化審議会国語分科会の漢字小委員会の見直し候補に挙がっていない。④同じ字の申し立てをした名古屋市瑞穂区の夫婦も棄却されているということでした。
これを読んだとき、私はひどく落胆して、「駄目なんだ。法律の壁は厚い」なんて、ガックリ落ち込み、「これから、玻南の漢字はどうすればいいの??」なんて、目の前真っ暗な気分でした。
一方、主人は「・・・使われていないって言うんなら、実際の使用例を集めてみたらいいんじゃない? 氏や地名も。ワープロ変換簡単にできないって言うんだったら、コジマ電気とかにいって、実際どのくらいの数が変換できてどのくらいの数が変換できないのかを調べたらはっきりするんじゃない?」と冷静にいいました。
普段は優柔不断ではっきりしなくて、家の中の98%は私任せで肝心なことは全部私任せの怠け者な主人です。無駄に私の周りにいる暑い夏のとき、やたらと家中に変な棚を作って死蔵品を増やすとき、何回言っても冷蔵庫に適当に食べ物を突っ込んで死角を作り結果カビの培養をするとき、たたんだ洗濯物を適当にみんなの引き出しに突っ込んで必要な服の行方不明者を多数出すとき、子供の受験やお稽古で私がいっぱいいっぱいになっているときに「だから僕は嫌だって言ったのに」と「自分は苦労したくない」発言が出るとき、何でか油断できないお出かけのときに限って10年使い続けている色あせたしかも短パンをはいて来ていることに目的地で気づくとき、「金城武みたいだろう?」とか何とかいって後退前髪も含めて後ろで縛る痛々しい姿を見るとき、何日もひげをそらずにインチキくさい容貌になっているのに気にしないとき、深夜番組を見て朝起きれない子供みたいなことをするとき。「あ~、本当に離婚したい」と何度思ったか知れないダメダメ主人ですが、このときばかりは主人と結婚してよかったとつくづく思いました。
冷静に審判書の中身を吟味して、冷静にその可否を判断できる主人がどんなに格好良く見えたか!!! ・・・結婚して15年以上たって、いまさらながらではあるものの「つり橋理論」で主人が格好良く見え、惚れ直しましたね(笑)。
そして、私たちの第二ラウンドが始まりました。 (続く)
2010年7月31日土曜日
初戦 vs 名古屋家庭裁判所の陣 ② 東区役所に「事件係属証明書」を提出しようとする
ブログ、書きたいことは山ほどあるのに時間がありません。
実は、念願かなって来月引っ越すことになり、今、家の中は戦争中です。(我が家は、引越しに限らず毎日が最前線体制なんですけど(笑))。
子供が5人。上の子供二人が高校生というのに勉強スペースはリビングのテーブルのみ。寝室は未だに家族全員で雑魚寝。部屋がひとつ物置部屋になり、もうひとつは寝室。残りの一部屋は、小学校の後ろのロッカーみたいにカラーボックスが積み上げてある状態で半分が使えず、「この家に住むのも限界かも」と思い家を探して早5年が過ぎました。(つまり、4人目の時点で限界でした)
やっと念願かなって、4LDKに引っ越せることになりました♪
たった一部屋。されど一部屋。この差は大きい!!夢は「一人がひとつのベットを占領できる家」ってことで、二段ベットも買います。
とにかく、嬉しい忙しさです。ウキウキワクワクです。
さて、最近のハニー姫は、真夏の向日葵のように満開で笑い、怒ります。自分が笑っても怒っても、自分を取り巻く全ての世界はそれを受け止めてくれるもの、と信じきっているような、全身で自分の気持ちを表現する姿は本当に私たちを幸せにしてくれます。
現在お外と絵本とおままごとが大好き。健脚にも程があって、朝からナゴヤドームの周囲を一周。時には矢田川まで遊びに行って、川の中にダイブすることもしばしば。そんだけ遊び倒しても、玄関に入るときには激しく怒って泣くのだから親も付き合いきれません。しかし、「もうっ(怒)、ハニーちゃんったら。でも怒る姿もまた愛らしくて素敵」と、泣き喚く姿をうっとり眺めたりしてるからハニー姫もやりにくいかも(笑)
さてさて・・・
家庭裁判所で「事件係属証明書」をもらったので、それで市役所にその書類を出して住民票に載せてもらおうと思いました。
が、しかし。物事はうまくいきませんでした。
この辺記憶が曖昧なので自信がないのですが、区役所に電話して、事情を話したんだったと思います。内容は「係属証明書を出してもらったので、これで住民票に『矢藤次女』とか言う形でいいので載せてほしい」とお願いしたのだったと思います。が、返事は「これに関しては、係属証明書があっても住民票に載せることはできない」ということでした。
この件に関しては、かなり市役所の方と押し問答になりました。
私たちが一番気にしたのは、住民基本台帳に基づいて行政が行う乳幼児保健衛生関係のサービス(予防接種とか、検診とか)が受けられなかったり、保育園には入れなかったりするかも知れないということでした。あと、この時期子供一人当たり一回だけいくらか支給される手当があって、間に合うかどうかも気になっていましたし。
いろいろと押し問答になりましたが、結論から言って、住民票には載せられないということでした。前回家庭裁判所の服部さんが例に挙げていらっしゃった「300日規定」に引っかかって戸籍に乗せられない子供とうちの子供では、過去の前例として、扱いが違ったから、というのが理由でした。それを示すために、市役所は過去の新聞記事の写しを持ってきて、「前例がこうなっているから、対応できない」という説明でした。
何事もお役所仕事っていうのは前例踏襲っていうイメージもあり、また、市役所の担当の方から受ける印象が「何があっても絶対に載せない、ということを死守するぞ」という固い決意のようなものが漂っていたので(あくまで私個人が感じた印象ですからね)、「これは無理だな」と思いました。
こういった法律や行政の仕事の場合、正しい(もしくは最もよい)理屈が通るわけではなく、前例が最もものをいい、また、なるだけ担当者にとって当たり障りないことが優先される傾向になるようで、住民の幸せや要望よりも、行政側と面子が優先されるような気がしました。
とにかく、「何が何でも聞き入れない」と決意している人の考えを覆すということは無理だということです。
結論を言うと、「矢藤次女」という形でもどのような形でも、住民票には載らなかった、ということです。
じゃあ、何が困ったの?
と聞かれると、実は何も困ることはありませんでした。
まずは、出生届よりも先に、出産一時金を受けとるとき、同時に健康保険証に「矢藤玻南」で載せましたし、乳児検診の無料券や予防接種の無料券は妊娠5ヶ月くらいで交付される母子手帳に一式添付されているので、出生届けは関係ないですし、保育園には入る予定もなかったですし、保険証があれば、学資保険も問題なく加入できましたし。
困ったのは、出生届が不受理になったことと戸籍に載らなかったこと、住民票に載らなかったことぐらいですかね。別に海外旅行に行くこともないですから、パスポートもいらなかったし。つまり、実生活で「困った」を感じたのは市役所の中だけでした。
興味深かったのは、名古屋市が発行する乳児医療証は、ちゃんと保険証に載っているとおり「矢藤玻南」で印字されていたことでした。そりゃそうですよね。だって、日本全国の市役所のPCの中には「玻」が「戸籍統一文字」として登録されているわけですし、実際に戸籍事務で使用されているのですから。
しつこいですが「玻名城」さんだったり「不玻」さんだったりといった氏が存在していて、さらには沖縄
の地名にも使われているし。なぜ氏はよくて名はいけない?整合性がないですよね。
しかし、興味深かったのはそのことではないです。その後に市役所から送付されてきた乳幼児健診のお知らせの宛名です。
三ヶ月検診のときには「矢藤仁さま お子様」となっていました。これを見た時にはなんか釈然としないものを感じましたが、「まあ、仕方ないかな。市役所の立場もあるし。」くらいに思っていましたが、私を怒らせたのは一歳半検診の通知です。
「矢藤玻南ちゃん」で届きました。が、これが手が込んでいる。わざわざ「矢藤波南ちゃん」と印字した上でさんずいへんを修正テープで消して王へんに手書きで直している。
「あれ? 乳児医療証のときには普通に印字されていたよね? これって戸籍統一文字だから市役所のPCにも入っているよね? なんでわざわざこんな手の込んだ偽装工作までするの?」と思いました。
いえいえ、偽装工作ではなくて、本当に職員が職務怠慢で戸籍統一文字の存在を勉強していなかったのかもしれないですね。もしかすると教養の範囲の文字ではあるものの教養が足りなくてご存じなかったのかもしれません。人の悪意を疑ってはいけませんね。
が、しかし。私には「わたしたちは、絶対にこの文字名前に使用することは認めないぞ」という決意を感じられました。この名前をめぐる裁判で、メールやお手紙を頂き、中には誹謗中傷と取れる内容のご意見をお寄せいただいたこともありました。インターネットでも散々な書かれようをしていましたが、どれも腹が立つということはありませんでした。この裁判の中で腹の立つことは二つしかありませんでした。一つは名古屋高等裁判所の「最初に結論ありき」で整合性のない言いがかりに近い理屈の展開と、この名古屋市東区役所から送られてきた一歳半検診のお知らせで行われた「戸籍統一文字なのに、使えない振りする偽装工作」の二つです。
どんだけ、真剣に仕事したくないのか(怒)と、今思い返しても腹が立ってきます。規則や法律は私たち国民が幸せに暮らせるためにあるものであって、私たちは法律のために生きているわけではないのに(このことについては、後に「法律は絶対の正義ではない」ってところで)取り上げたいです。そもそも国民のために働くのが公務員だろう。自分たちの面子優先だなんて。ああ、腹立たしい。
でも、ここで感情に流されていても仕方ないですし。
私は、ここで問題なのは戸籍法の施行規則が現状にそぐわないために、このように整合性が取れないことがおきている、ということです。
あるときは、戸籍統一文字なので当然打ち出すことができて、あるときは打ち出すことはできるけど「認めない」という意思表示のために使えるはずの文字を使わずにわざわざ他の文字を打ち出してから修正テープと手書きで記載する、といった煩雑な記載方法を選ぶ、という風に、現場が「簡単にできること」を「施行規則」に囚われてかえって複雑にするという、本末転倒なことが現場で起きているということです。
やっぱり、どう考えても、この時代にそぐわない施行規則はその立法趣旨とその本質に立ち返ってシンプルなものにすべきだと思います。
実は、念願かなって来月引っ越すことになり、今、家の中は戦争中です。(我が家は、引越しに限らず毎日が最前線体制なんですけど(笑))。
子供が5人。上の子供二人が高校生というのに勉強スペースはリビングのテーブルのみ。寝室は未だに家族全員で雑魚寝。部屋がひとつ物置部屋になり、もうひとつは寝室。残りの一部屋は、小学校の後ろのロッカーみたいにカラーボックスが積み上げてある状態で半分が使えず、「この家に住むのも限界かも」と思い家を探して早5年が過ぎました。(つまり、4人目の時点で限界でした)
やっと念願かなって、4LDKに引っ越せることになりました♪
たった一部屋。されど一部屋。この差は大きい!!夢は「一人がひとつのベットを占領できる家」ってことで、二段ベットも買います。
とにかく、嬉しい忙しさです。ウキウキワクワクです。
さて、最近のハニー姫は、真夏の向日葵のように満開で笑い、怒ります。自分が笑っても怒っても、自分を取り巻く全ての世界はそれを受け止めてくれるもの、と信じきっているような、全身で自分の気持ちを表現する姿は本当に私たちを幸せにしてくれます。
現在お外と絵本とおままごとが大好き。健脚にも程があって、朝からナゴヤドームの周囲を一周。時には矢田川まで遊びに行って、川の中にダイブすることもしばしば。そんだけ遊び倒しても、玄関に入るときには激しく怒って泣くのだから親も付き合いきれません。しかし、「もうっ(怒)、ハニーちゃんったら。でも怒る姿もまた愛らしくて素敵」と、泣き喚く姿をうっとり眺めたりしてるからハニー姫もやりにくいかも(笑)
さてさて・・・
家庭裁判所で「事件係属証明書」をもらったので、それで市役所にその書類を出して住民票に載せてもらおうと思いました。
が、しかし。物事はうまくいきませんでした。
この辺記憶が曖昧なので自信がないのですが、区役所に電話して、事情を話したんだったと思います。内容は「係属証明書を出してもらったので、これで住民票に『矢藤次女』とか言う形でいいので載せてほしい」とお願いしたのだったと思います。が、返事は「これに関しては、係属証明書があっても住民票に載せることはできない」ということでした。
この件に関しては、かなり市役所の方と押し問答になりました。
私たちが一番気にしたのは、住民基本台帳に基づいて行政が行う乳幼児保健衛生関係のサービス(予防接種とか、検診とか)が受けられなかったり、保育園には入れなかったりするかも知れないということでした。あと、この時期子供一人当たり一回だけいくらか支給される手当があって、間に合うかどうかも気になっていましたし。
いろいろと押し問答になりましたが、結論から言って、住民票には載せられないということでした。前回家庭裁判所の服部さんが例に挙げていらっしゃった「300日規定」に引っかかって戸籍に乗せられない子供とうちの子供では、過去の前例として、扱いが違ったから、というのが理由でした。それを示すために、市役所は過去の新聞記事の写しを持ってきて、「前例がこうなっているから、対応できない」という説明でした。
何事もお役所仕事っていうのは前例踏襲っていうイメージもあり、また、市役所の担当の方から受ける印象が「何があっても絶対に載せない、ということを死守するぞ」という固い決意のようなものが漂っていたので(あくまで私個人が感じた印象ですからね)、「これは無理だな」と思いました。
こういった法律や行政の仕事の場合、正しい(もしくは最もよい)理屈が通るわけではなく、前例が最もものをいい、また、なるだけ担当者にとって当たり障りないことが優先される傾向になるようで、住民の幸せや要望よりも、行政側と面子が優先されるような気がしました。
とにかく、「何が何でも聞き入れない」と決意している人の考えを覆すということは無理だということです。
結論を言うと、「矢藤次女」という形でもどのような形でも、住民票には載らなかった、ということです。
じゃあ、何が困ったの?
と聞かれると、実は何も困ることはありませんでした。
まずは、出生届よりも先に、出産一時金を受けとるとき、同時に健康保険証に「矢藤玻南」で載せましたし、乳児検診の無料券や予防接種の無料券は妊娠5ヶ月くらいで交付される母子手帳に一式添付されているので、出生届けは関係ないですし、保育園には入る予定もなかったですし、保険証があれば、学資保険も問題なく加入できましたし。
困ったのは、出生届が不受理になったことと戸籍に載らなかったこと、住民票に載らなかったことぐらいですかね。別に海外旅行に行くこともないですから、パスポートもいらなかったし。つまり、実生活で「困った」を感じたのは市役所の中だけでした。
興味深かったのは、名古屋市が発行する乳児医療証は、ちゃんと保険証に載っているとおり「矢藤玻南」で印字されていたことでした。そりゃそうですよね。だって、日本全国の市役所のPCの中には「玻」が「戸籍統一文字」として登録されているわけですし、実際に戸籍事務で使用されているのですから。
しつこいですが「玻名城」さんだったり「不玻」さんだったりといった氏が存在していて、さらには沖縄
の地名にも使われているし。なぜ氏はよくて名はいけない?整合性がないですよね。
しかし、興味深かったのはそのことではないです。その後に市役所から送付されてきた乳幼児健診のお知らせの宛名です。
三ヶ月検診のときには「矢藤仁さま お子様」となっていました。これを見た時にはなんか釈然としないものを感じましたが、「まあ、仕方ないかな。市役所の立場もあるし。」くらいに思っていましたが、私を怒らせたのは一歳半検診の通知です。
「矢藤玻南ちゃん」で届きました。が、これが手が込んでいる。わざわざ「矢藤波南ちゃん」と印字した上でさんずいへんを修正テープで消して王へんに手書きで直している。
「あれ? 乳児医療証のときには普通に印字されていたよね? これって戸籍統一文字だから市役所のPCにも入っているよね? なんでわざわざこんな手の込んだ偽装工作までするの?」と思いました。
いえいえ、偽装工作ではなくて、本当に職員が職務怠慢で戸籍統一文字の存在を勉強していなかったのかもしれないですね。もしかすると教養の範囲の文字ではあるものの教養が足りなくてご存じなかったのかもしれません。人の悪意を疑ってはいけませんね。
が、しかし。私には「わたしたちは、絶対にこの文字名前に使用することは認めないぞ」という決意を感じられました。この名前をめぐる裁判で、メールやお手紙を頂き、中には誹謗中傷と取れる内容のご意見をお寄せいただいたこともありました。インターネットでも散々な書かれようをしていましたが、どれも腹が立つということはありませんでした。この裁判の中で腹の立つことは二つしかありませんでした。一つは名古屋高等裁判所の「最初に結論ありき」で整合性のない言いがかりに近い理屈の展開と、この名古屋市東区役所から送られてきた一歳半検診のお知らせで行われた「戸籍統一文字なのに、使えない振りする偽装工作」の二つです。
どんだけ、真剣に仕事したくないのか(怒)と、今思い返しても腹が立ってきます。規則や法律は私たち国民が幸せに暮らせるためにあるものであって、私たちは法律のために生きているわけではないのに(このことについては、後に「法律は絶対の正義ではない」ってところで)取り上げたいです。そもそも国民のために働くのが公務員だろう。自分たちの面子優先だなんて。ああ、腹立たしい。
でも、ここで感情に流されていても仕方ないですし。
私は、ここで問題なのは戸籍法の施行規則が現状にそぐわないために、このように整合性が取れないことがおきている、ということです。
あるときは、戸籍統一文字なので当然打ち出すことができて、あるときは打ち出すことはできるけど「認めない」という意思表示のために使えるはずの文字を使わずにわざわざ他の文字を打ち出してから修正テープと手書きで記載する、といった煩雑な記載方法を選ぶ、という風に、現場が「簡単にできること」を「施行規則」に囚われてかえって複雑にするという、本末転倒なことが現場で起きているということです。
やっぱり、どう考えても、この時代にそぐわない施行規則はその立法趣旨とその本質に立ち返ってシンプルなものにすべきだと思います。
2010年6月14日月曜日
平成20年(家)第3523号 市町村長の処分に対する不服申し立て事件
審判
本籍 (省略)
住所 (省略)
申立人 矢藤仁 昭和(略)年(略)月(略)日生
(以下「申立人仁」という。)
本籍・住所 申立人 矢藤仁に同じ
申立人 矢藤清恵 昭和(略)年(略)月(略)日生
(以下「申立人清恵」という。)
主文
申立人両名の本件申し立てをいずれも却下する。
理由
第1 申し立ての趣旨および実情
申立人は平成20年12月8日、名古屋市東区長に対し、二女玻南(はな)の出生届け(以下「本件出生届」という。)を提出したが、戸籍法50条2項に定めのある子の何用いる文字以外の文字を使用した名であるとして受理されなかった。しかし、「玻」はワープロ入力等でも難なく変換・表示される一般的な文字である上、古来より、瑠璃、玻璃と七宝のひとつに数えられる宝玉の一つであり、日本人の心に根ざしたもものである。また、「玻南」は、姉である「瑠都」と対をなすものであり、申立人両名にとって大切な宝玉であることを示す「玻」と、暖かく皆に囲まれた中で育つ「南」を指すものであって、次女が、家族みんなが待ち望んだ大切で、愛しい宝玉であるという思いが込められており、どちらの字がかけても、申立人両名の二女に対する深い思うが込められた名前になり得ない。このように、二女の名としては、「玻南」以外ありえないことや、「玻」は、日本人の心に根ざし、かつ常用平易な文字であることからすれば、本件出生届けは受理されなければならないものである。
よって、名古屋市東区長の本件出生届の不受理処分に対し不服を申し立てる。
第2 当裁判所の判断
1 一件記録によれば、平成20年11月23日、申立人両名との間に二女が出生したこと、申立人仁は、同年12月8日に名古屋市役所に本件出生届を提出したこと、同区長は、本件出生届の子の名に使用されている「玻」の文字が戸籍法50条および施工規則60条に規定する子の名に用いることができる文字以外の文字であることを理由に本件出生届を受理しなかったことが認められる。
2 ところで、子の名には、常用平易な文字を用いなければならないとされ(戸籍法50条1項)、常用平易な文字の範囲は、法務省令でこれを定めるとされているところ(同条2項)、」法務省例である戸籍法施工規則60条は、常用平易な文字とは、①常用漢字表(昭和56年内閣告示第1号)に掲げる漢字、②別表第二に掲げる漢字、③片仮名またはひらがなのいずれかと定めているから、同条各号のいずれかに該当すれば、当該文字を子の名に使用することができる。もっとも、同条各号に該当しない文字であっても、家庭裁判所は、心理手続きに提出された資料、高知の事実に照らし、当該文字が社会通念上、明らかに常用平易な文字と認められるときは、当該市町村長に対し、当該文字を子の名に使用した出生届の受理を命じることができると解される)最高裁判所平成15年12t浮き25日決定。民集57巻11号2562頁参照)。
これを、本件出生届に申立人両名の二女の名として記載された「玻」の文字について検討するに、まず、「玻」の文字が、社会通念上明らかに常用平易な文字と認められるか否かを検討する。
この点、申立人両名は、「玻」の文字は、ワープロ入力などでも難なく変換・表示される一般的なものであると主張するが、ワープロ等で「は」を入力して変換した場合、すべてのソフトで一回で「玻王例としては、「玻」に変換されるわけではないことが認められる。また、講談社「新大辞典」などの辞典に掲載されているが、その用法としては、「玻璃」のみであり、同単語も一般的に使用される単語とは認めがたいし、また、一件記録によれば、「玻」の文字を使用するb氏や地名等も多いと言うことはできない上、その他同字が社会通念上明らかに平易である文字であることを認めるに足りる的確な資料はないこと(なお、平成21年1月17日付の朝日新聞の報道によると、現在、文化審議会国語分科会の漢字小委員会は、常用漢字表の見直し作業をしているところ、日常よく使われる漢字として追加される191字に「玻」の文字は挙がっていないことが認められる。)に照らすと、「玻」の文字が、社会通念上、あきらかに常用平易な文字とすることはできないといわざるを得ない。
そうすると、本件出生届を不受理とした名古屋市東区長の処分は、違法または不当とはいえないから、、申立人両名の本件申し立てをいずれも却下すること(なお、申立人清恵については、本件出生届をしておらず、申し立て権ないし本件申し立ての利益があるといえるか疑問があり、申し立て権などがない場合には本件申し立てが不適法となるし、仮に、もうしたてけんなどがあるとしても、上記の通り、本件申し立てには理由がないことになるから、同人本件申し立ても却下を免れない。)、主文の通り審判する
平成21年1月26日
名古屋家庭裁判所
家事審判官 西田政博
審判
本籍 (省略)
住所 (省略)
申立人 矢藤仁 昭和(略)年(略)月(略)日生
(以下「申立人仁」という。)
本籍・住所 申立人 矢藤仁に同じ
申立人 矢藤清恵 昭和(略)年(略)月(略)日生
(以下「申立人清恵」という。)
主文
申立人両名の本件申し立てをいずれも却下する。
理由
第1 申し立ての趣旨および実情
申立人は平成20年12月8日、名古屋市東区長に対し、二女玻南(はな)の出生届け(以下「本件出生届」という。)を提出したが、戸籍法50条2項に定めのある子の何用いる文字以外の文字を使用した名であるとして受理されなかった。しかし、「玻」はワープロ入力等でも難なく変換・表示される一般的な文字である上、古来より、瑠璃、玻璃と七宝のひとつに数えられる宝玉の一つであり、日本人の心に根ざしたもものである。また、「玻南」は、姉である「瑠都」と対をなすものであり、申立人両名にとって大切な宝玉であることを示す「玻」と、暖かく皆に囲まれた中で育つ「南」を指すものであって、次女が、家族みんなが待ち望んだ大切で、愛しい宝玉であるという思いが込められており、どちらの字がかけても、申立人両名の二女に対する深い思うが込められた名前になり得ない。このように、二女の名としては、「玻南」以外ありえないことや、「玻」は、日本人の心に根ざし、かつ常用平易な文字であることからすれば、本件出生届けは受理されなければならないものである。
よって、名古屋市東区長の本件出生届の不受理処分に対し不服を申し立てる。
第2 当裁判所の判断
1 一件記録によれば、平成20年11月23日、申立人両名との間に二女が出生したこと、申立人仁は、同年12月8日に名古屋市役所に本件出生届を提出したこと、同区長は、本件出生届の子の名に使用されている「玻」の文字が戸籍法50条および施工規則60条に規定する子の名に用いることができる文字以外の文字であることを理由に本件出生届を受理しなかったことが認められる。
2 ところで、子の名には、常用平易な文字を用いなければならないとされ(戸籍法50条1項)、常用平易な文字の範囲は、法務省令でこれを定めるとされているところ(同条2項)、」法務省例である戸籍法施工規則60条は、常用平易な文字とは、①常用漢字表(昭和56年内閣告示第1号)に掲げる漢字、②別表第二に掲げる漢字、③片仮名またはひらがなのいずれかと定めているから、同条各号のいずれかに該当すれば、当該文字を子の名に使用することができる。もっとも、同条各号に該当しない文字であっても、家庭裁判所は、心理手続きに提出された資料、高知の事実に照らし、当該文字が社会通念上、明らかに常用平易な文字と認められるときは、当該市町村長に対し、当該文字を子の名に使用した出生届の受理を命じることができると解される)最高裁判所平成15年12t浮き25日決定。民集57巻11号2562頁参照)。
これを、本件出生届に申立人両名の二女の名として記載された「玻」の文字について検討するに、まず、「玻」の文字が、社会通念上明らかに常用平易な文字と認められるか否かを検討する。
この点、申立人両名は、「玻」の文字は、ワープロ入力などでも難なく変換・表示される一般的なものであると主張するが、ワープロ等で「は」を入力して変換した場合、すべてのソフトで一回で「玻王例としては、「玻」に変換されるわけではないことが認められる。また、講談社「新大辞典」などの辞典に掲載されているが、その用法としては、「玻璃」のみであり、同単語も一般的に使用される単語とは認めがたいし、また、一件記録によれば、「玻」の文字を使用するb氏や地名等も多いと言うことはできない上、その他同字が社会通念上明らかに平易である文字であることを認めるに足りる的確な資料はないこと(なお、平成21年1月17日付の朝日新聞の報道によると、現在、文化審議会国語分科会の漢字小委員会は、常用漢字表の見直し作業をしているところ、日常よく使われる漢字として追加される191字に「玻」の文字は挙がっていないことが認められる。)に照らすと、「玻」の文字が、社会通念上、あきらかに常用平易な文字とすることはできないといわざるを得ない。
そうすると、本件出生届を不受理とした名古屋市東区長の処分は、違法または不当とはいえないから、、申立人両名の本件申し立てをいずれも却下すること(なお、申立人清恵については、本件出生届をしておらず、申し立て権ないし本件申し立ての利益があるといえるか疑問があり、申し立て権などがない場合には本件申し立てが不適法となるし、仮に、もうしたてけんなどがあるとしても、上記の通り、本件申し立てには理由がないことになるから、同人本件申し立ても却下を免れない。)、主文の通り審判する
平成21年1月26日
名古屋家庭裁判所
家事審判官 西田政博
2010年6月13日日曜日
初戦 vs 名古屋家庭裁判所の陣 ② 家裁に申立書を提出する
我が家の姫は、今、とっても女の子になってきました。ピンクが大好きで、服を着ていてもピンクの服を見つけるとひっぱりっ出してイソイソと上から着ようとします。
あと、不思議なことに、お兄ちゃんのパンツが大好き。お兄ちゃんの引き出しが少しでも開いていると、隙間をこじ開けてパンツを引っ張り出して、イソイソとはくのです。その姿のいじらしいかわいらしさに、何度魂が口から出て行きそうになったことか…。
極めつけはバイオリン。次男と三男がバイオリンを習っているのですが、その練習を見つけるや否や飛んできて、「ここにバイオリンを挟んで♪」と言わんばかりに小首をかしげてポーズをとり、「あっあっ」と要求するのです。そこでバイオリンを挟んで、弓を持たせて、母が手を添えてキラキラ星あたりを一曲弾いてやると、それはそれはうれしそうに笑って、「あっ」とお辞儀(ありがとうございました)してくれます。その愛らしさや、見るものを強制的に天国に送っちゃうかと思うほどの威力です。ああ、親馬鹿万歳な人生です。
すみません。 で、今回は家庭裁判所に提出した家事審判申立書の写しです。
1ページ目(表紙)は、本籍地や住所や氏名、生年月日や職業を書きましたが、表みたいになっていて、入力しにくいし、内容と関係ないので省略します。
ちなみに、ここに貼ってあった収入印紙は800円でした。切手代も含めると1650円の出費でした。うちは毎日6個お弁当を作ります。その一回分が1000~1500円くらいなので、想像していたよりはリーズナブルでした。
で、2枚目
申し立ての趣旨
愛知県名古屋市長に対し、平成20年12月8日申立人がなした 二女玻南の出生届を受理すべきことを命ずる旨の審判を求めます
申し立ての実情
1 申立人は平成20年12月8日愛知県名古屋市長に対し、申立書添付の出生届を提出しましたが、戸籍法第50条第二項に定める文字以外の「8日愛知県名古屋市長に対し、「8日愛知県名古屋市長に対し、「玻」が名前に使われているために受理されませんでした。
2 しかし、子の文字は戸籍法に記されている様に平易なものであり、ワープロ変換、形態での変換でも難なく表示される一般的な文字です。また、古来より、瑠璃、玻璃と、七宝に数えられる宝玉の中に数えられる宝玉の一つです。あね、瑠都と対をなす様、長女同様私たちにとって大切な宝玉であることを示す「玻」また、暖かく皆に囲まれた中で育つ「南」は、どちらの字がかけても、私達の二女への深い思いの込められた名前になりません。玻南の字は、家族皆が待ち望んだ、大切な愛しい次女という、愛しい宝玉であるという思いが込められています。よって、これ以外の字はなく、また子の字は日本人の心に根ざしたかつ平易な字であり、受理されるに適していると思料します。
3 したがって、名古屋市長の届出不受理処分に不服を申し立て、玻南の字を持って、次女の名前とする出生届をお認めいただきたく申し立ていたします。
今読み返してみると、なんとこっ恥ずかしい文章なんでしょう…(照)
確かに、私達の心情としてはそのとおりなのですが、これでは駄目だと今ならわかります。今の知識をもってしてあのころに帰れたら、きっと勝てたに違いないのに。 たらればを言ってもキリがないですね。
で、何で子の文になったのか?
実は、この理由書を核に当たって、家庭裁判所からいただいた資料の「申立書の書き方」の例文をそのまま引用して、自分たちの状況に合わせただけだからです。
その資料を探してみましたが、見当たりません。また、見つかったら、その原文もアップしますね。
とにかく、平成20年12月10日に、何とか書き上げて提出しました。この程度の文章ですが、私たちみたいな素人にとっては、これっぱかしの文章でさえも、かなり悩んで書き上げたのです。
小学生の作文といい勝負の内容でしたが、これで、「玻南」と戸籍に登録できるようになるんだと思っていました。
提出したときには、私はとても楽観的で、「早く結果が出てくれないと、年賀状の印刷に間に合わないから、早くして欲しいなあ」なんて思い、受付の人に「いつごろ結果が出ますか?年賀状を作らないといけないので、早めに決まるといいんですけど。今年の年賀状は、『生まれました』で、名前も載せないといけないし」なんて聞いてました。
受付の人は、「裁判官にはなるべく急ぐように伝えますが、大事な内容ですし、他の裁判も順番に見ていかないといけないので、2~3週間で結果が出るってものではないですよ」という様なことを言われました。
また、その時に、「戸籍に載らないと、住民票にも載らないと市役所に言われたんですけど、あんまり長くかかると、玻南の住民票がなくて健診や予防接種とか困るんですけど。」と話したら、受付の人も考えてくださって、次のような事件係属証明書を出してくれました。
平成20年(家)第3523号
事件係属証明書
申立人 矢藤仁
申立人 矢藤清恵
事件本人(出生届未了)玻南
平成20年11月23日生
上記申立人両名の申立てに係る市町村長の処分に対する不服申し立て事件は、現在、当庁に継続中であることを証明する。
平成20年12月10日
名古屋家庭裁判所
裁判所書記官 服部寿楼
そして「300日規定なんかで、父親の名前をめぐって裁判をしている人とかの場合、この方法で、とりあえず住民票に載せてもらえるケースもあるみたいだから、この書類で市役所と相談してみてください。300日規定の人とはケースが違うので、必ず大丈夫とはいえませんが。」といった内容のことをおっしゃいました。
服部さん(だったのかしら?)、ほんとうにありがとうございました。結果から言えば、これは効力がなかったのですが、そのお気持ちが本当に嬉しかったです。服部さんのご親切、絶対に忘れませんね。本当に、嬉しかったです。
そして、住民票の問題解決の糸口(かも知れないとこの時は思いました)を得たのが嬉しかったのと同時に「あれ?やっぱり『玻』って、裁判所のPCでも出力できるじゃん。やっぱり、認めてもらえるよね」なんて思っていました。そりゃ、戸籍統一文字なんだから、法務省の管轄で出力できない訳がないんですが、そのときは知らなかったので、「やっぱり、問題ないよね」なんて更に安心していました。すぐ解決するもんだと信じ込んでいました。
続く
あと、不思議なことに、お兄ちゃんのパンツが大好き。お兄ちゃんの引き出しが少しでも開いていると、隙間をこじ開けてパンツを引っ張り出して、イソイソとはくのです。その姿のいじらしいかわいらしさに、何度魂が口から出て行きそうになったことか…。
極めつけはバイオリン。次男と三男がバイオリンを習っているのですが、その練習を見つけるや否や飛んできて、「ここにバイオリンを挟んで♪」と言わんばかりに小首をかしげてポーズをとり、「あっあっ」と要求するのです。そこでバイオリンを挟んで、弓を持たせて、母が手を添えてキラキラ星あたりを一曲弾いてやると、それはそれはうれしそうに笑って、「あっ」とお辞儀(ありがとうございました)してくれます。その愛らしさや、見るものを強制的に天国に送っちゃうかと思うほどの威力です。ああ、親馬鹿万歳な人生です。
すみません。 で、今回は家庭裁判所に提出した家事審判申立書の写しです。
1ページ目(表紙)は、本籍地や住所や氏名、生年月日や職業を書きましたが、表みたいになっていて、入力しにくいし、内容と関係ないので省略します。
ちなみに、ここに貼ってあった収入印紙は800円でした。切手代も含めると1650円の出費でした。うちは毎日6個お弁当を作ります。その一回分が1000~1500円くらいなので、想像していたよりはリーズナブルでした。
で、2枚目
申し立ての趣旨
愛知県名古屋市長に対し、平成20年12月8日申立人がなした 二女玻南の出生届を受理すべきことを命ずる旨の審判を求めます
申し立ての実情
1 申立人は平成20年12月8日愛知県名古屋市長に対し、申立書添付の出生届を提出しましたが、戸籍法第50条第二項に定める文字以外の「8日愛知県名古屋市長に対し、「8日愛知県名古屋市長に対し、「玻」が名前に使われているために受理されませんでした。
2 しかし、子の文字は戸籍法に記されている様に平易なものであり、ワープロ変換、形態での変換でも難なく表示される一般的な文字です。また、古来より、瑠璃、玻璃と、七宝に数えられる宝玉の中に数えられる宝玉の一つです。あね、瑠都と対をなす様、長女同様私たちにとって大切な宝玉であることを示す「玻」また、暖かく皆に囲まれた中で育つ「南」は、どちらの字がかけても、私達の二女への深い思いの込められた名前になりません。玻南の字は、家族皆が待ち望んだ、大切な愛しい次女という、愛しい宝玉であるという思いが込められています。よって、これ以外の字はなく、また子の字は日本人の心に根ざしたかつ平易な字であり、受理されるに適していると思料します。
3 したがって、名古屋市長の届出不受理処分に不服を申し立て、玻南の字を持って、次女の名前とする出生届をお認めいただきたく申し立ていたします。
今読み返してみると、なんとこっ恥ずかしい文章なんでしょう…(照)
確かに、私達の心情としてはそのとおりなのですが、これでは駄目だと今ならわかります。今の知識をもってしてあのころに帰れたら、きっと勝てたに違いないのに。 たらればを言ってもキリがないですね。
で、何で子の文になったのか?
実は、この理由書を核に当たって、家庭裁判所からいただいた資料の「申立書の書き方」の例文をそのまま引用して、自分たちの状況に合わせただけだからです。
その資料を探してみましたが、見当たりません。また、見つかったら、その原文もアップしますね。
とにかく、平成20年12月10日に、何とか書き上げて提出しました。この程度の文章ですが、私たちみたいな素人にとっては、これっぱかしの文章でさえも、かなり悩んで書き上げたのです。
小学生の作文といい勝負の内容でしたが、これで、「玻南」と戸籍に登録できるようになるんだと思っていました。
提出したときには、私はとても楽観的で、「早く結果が出てくれないと、年賀状の印刷に間に合わないから、早くして欲しいなあ」なんて思い、受付の人に「いつごろ結果が出ますか?年賀状を作らないといけないので、早めに決まるといいんですけど。今年の年賀状は、『生まれました』で、名前も載せないといけないし」なんて聞いてました。
受付の人は、「裁判官にはなるべく急ぐように伝えますが、大事な内容ですし、他の裁判も順番に見ていかないといけないので、2~3週間で結果が出るってものではないですよ」という様なことを言われました。
また、その時に、「戸籍に載らないと、住民票にも載らないと市役所に言われたんですけど、あんまり長くかかると、玻南の住民票がなくて健診や予防接種とか困るんですけど。」と話したら、受付の人も考えてくださって、次のような事件係属証明書を出してくれました。
平成20年(家)第3523号
事件係属証明書
申立人 矢藤仁
申立人 矢藤清恵
事件本人(出生届未了)玻南
平成20年11月23日生
上記申立人両名の申立てに係る市町村長の処分に対する不服申し立て事件は、現在、当庁に継続中であることを証明する。
平成20年12月10日
名古屋家庭裁判所
裁判所書記官 服部寿楼
そして「300日規定なんかで、父親の名前をめぐって裁判をしている人とかの場合、この方法で、とりあえず住民票に載せてもらえるケースもあるみたいだから、この書類で市役所と相談してみてください。300日規定の人とはケースが違うので、必ず大丈夫とはいえませんが。」といった内容のことをおっしゃいました。
服部さん(だったのかしら?)、ほんとうにありがとうございました。結果から言えば、これは効力がなかったのですが、そのお気持ちが本当に嬉しかったです。服部さんのご親切、絶対に忘れませんね。本当に、嬉しかったです。
そして、住民票の問題解決の糸口(かも知れないとこの時は思いました)を得たのが嬉しかったのと同時に「あれ?やっぱり『玻』って、裁判所のPCでも出力できるじゃん。やっぱり、認めてもらえるよね」なんて思っていました。そりゃ、戸籍統一文字なんだから、法務省の管轄で出力できない訳がないんですが、そのときは知らなかったので、「やっぱり、問題ないよね」なんて更に安心していました。すぐ解決するもんだと信じ込んでいました。
続く
2010年5月17日月曜日
ちょっと寄り道・・・
「初戦」の文章、実は優に10日以上前に入力していました。
しかし、家庭裁判所の書類や何やかんやを出してきて入力をするところで挫折。
毎夜毎夜、「パパ、今夜こそやるよ」と言いつつ、ある夜はパパが、次の夜は私が、寝かせつけの後帰らぬ人となって朝を迎え続けたので、今日は、途中のままアップすることにしました(つまり、今夜もパパが帰ってきませんでした)。
家裁の内容は、追って入力していきます。多分、ここまでで、日にちとか、細かい辺りが不正確な気がします。自分の年齢はもちろん、子供の生年月日やクラス、担任の先生の名前も覚えられない私なので、そこは気づいたら訂正しますので大目に見てください(笑)
ここ最近で一番感心したのは、三男義弥が小学校から持ち帰ってきた「家庭調査書」。学校から、「去年提出したものに変更があれば、赤で訂正して提出してください」といわれました。「どれどれ、うちは、ほかの子供の学年を訂正しないと」と、赤ペンを持ってみてみると、不思議なことに、すでに長女は高校2年生、長男は、今年入学した高校の一年生、三男はすでに年長さんになっていたのです。
「???今年新しく書いたんだっけ???」と思い、記入日を確認すると、ちゃんと去年の4月。「ま、去年一年間さしつかえなかったし、いっか♪」と、そのまま再提出しました。
他にも、長男の中学校の地区懇談会で、「担任の先生はどなたですか?」と聞かれ「佐藤先生です」「?うちの学校に佐藤先生はいらっしゃいませんが?」「えっ?そうでしたっけ? あれ? 一年J組の、数学の先生ですが・・・」「じゃあ、こちらで調べておきます。」ということもありました。
また、長女のクラス懇談会に行って、「すみません。二年生で、松野先生のクラスですが、何組ですか?」と聞いたこともあります。
長男と長女の家庭調査書は、子供の生年月日と学年が一致しなくて、子供が書き直したこともあります。
そんな自慢にもならない話ですが、毎年変わっていくものを覚えていられないのは、私だけってことはないですよね?
こんなことばかり書いていると、「この人信用できないかも」って思われそうで心配ですが、機械的に変化するものは覚えられませんが、感じたこと、考えたこと、話し合ったことは覚えてますから、大丈夫ですよ。ほんとうに、大丈夫ですよ!!
で、感じたこと。
一体、「常用平易の基準って何?」ってことです。
わたしたちは、この「明らかに常用平易」って言葉に泣かされてきました。だって、「明らかに常用平易」の判断基準が明らかじゃないんですもの。そうでしょ?
今回の最高裁判所の判断の根拠でさえも「明らかではなかった」んですもの。
「明らかに常用平易」の根拠は、ここまで私たちが調べてきた判決文はどれも曖昧で、普遍性がなくて、個々の判断に任されてきたんですから。
よく使われる「曽」判決は、「曽」を常用平易だとする理由は示しても、そこから「明らかに常用平易」の基準を見つけることはできませんでした。
「悠」の判決もよくわかりませんでした。しいて言えば、画数は基準になるのかしら?
もっとも強烈だったのは、琉球の「琉」判決。市長までが「認めてあげたい」なんていっている。そりゃあ、市長さんいい人なんだろうけど、自分が公職者として発言する言葉じゃないよねって心の中で突っ込んでいました。個人の感情と、職務上の立場は混ぜちゃいけないでしょうに。なんか、判決文は、「OKの結論ありき」って気がしました。でも、歴史があればいいってことでしょうか?
でも、そんな中でもっとも分かり易かったのは、今回参考にした「穹」「祷」判決でした。判断基準を文字ごとに定めるのではなく、最初に普遍性のある枠組みを提示した上で、文字の検討をしていました。もっとも公正な印象の判決文でした。
個人的には、「誰が見ても同じ基準でその文字の検討ができる」様に書かれている判決文は、この二つしかありませんでした。
もっとも、その基準自体の善し悪しの判断は、人によって分かれるところかと思いますが、少なくとも、名古屋高等裁判所の裁判官の判決や、最高裁判所第二小法廷の裁判官の判決みたいな、「その判断基準と理由は、裁判官の頭の中」っていうアンフェアなものじゃないだけ、数十倍も数百倍も公正でいいものだと私は思います。
そうそう、最近読んだ新聞で、とある裁判官の手紙を見つけました。
「裁判は争いごとを裁くもので、関係者全員に満足のいく結果を出すことはほとんど不可能と言ってもいいでしょう。不満を表されるのも、裁判の宿命だと思っています。(5月17日付中日新聞朝刊31ページ)」
私の持っていた裁判のイメージとはずいぶん違っていて、なんか、ね。
もっとも、この手紙を書いた裁判官が述べているのは、放火犯の裁判の後、裁判員に向けて書いた手紙なので、それについて述べているのかもしれないけど。私たちのケースとは違うのかもしれないけど。
うまく言えませんが、なんか、こんな裁判官嫌だなあ、って思ってしまいました。こんなものなのかなあ?
ずいぶんと話はそれましたが、不服申し立ての間ずっと思っていたのは、「一体、名前に使える漢字の基準って、本当にこれ(戸籍法と施行規則)が適切なのかなあ?」ってことです。
何度もしつこいですが、そもそも戸籍法が定めた「常用平易」の目的は、①本人と周囲が困らないことです。そして、手書きだった時代、略字や下手したら誤字もあった(らしい)ことから、②戸籍事務に支障が出たのでそれを防ぐ目的です。
この前見直しを発表していた常用漢字の判断基準は「書けなくても、読めてPC変換できればいい」でした。確かに、PCはカナを正しく入力しさえすれば誤字脱字は防げますし。
まさか、この前常用漢字に入ることになった「鬱」が平易で、スラスラ書けると思っている人はいないですよね? 私は仕事柄、書けますけど(ちょっと自慢?)、けっして平易だとは思いませんよ。
それと、「常用平易の範囲は、常用漢字と別表2」という決まり。これも、どうなんでしょう?
この前行われた文化審議会国語分科会漢字賞委員会で、阿辻委員(この方、人名用漢字の見直しの委員会のメンバーも兼ねています)は、「常用漢字だから、そのまま子供の名前にふさわしいというふうには100%ストレートには行かない」と述べています。
私もそう思います。「病」とか「苦」「悪」「呪」「嫌」とか。名前についたら、「えっ!?」と驚く文字って、結構沢山ありますよね。
それに、文化審議会国語分科会漢字賞委員会の金武委員(この方も、人名用漢字の見直しの委員会のメンバーも兼ねています)は「玻」について「これは常用漢字ではなくて、人名用漢字に追加する方向の検討が必要とだと考えます」と述べています。
私も、そう思います。
でも、早まらないでくださいね。ここで言いたいのは「だから、『玻』は、人名にふさわしい」ってことじゃなくて、常用漢字と人名漢字は、別に検討する必要があるってことです。
また、金武委員は、こうも述べています。「私は、親が自分の子供につける名前を、できるだけこの字を使いたいと言う場合には尊重すべきだと思うのですが、常用漢字に入れる理由と名前につけたい理由とは多少違うところがあると思います。そしてこれは、人名漢字に追加する要望というのが妥当であると言うことで、現在の人名用漢字を見ても、確かにこれよりも難しい字が沢山入っており、そういうバランスを考えると、これを追加してもいいのではないかという気がしますので・・・」と述べています。
私もそう思います。「玻」は、他の人名用漢字とのバランスを考えると当然追加されていいと思います。
でも、早まらないでくださいね。ここで論じたいのは「玻」のことではなく、人名用漢字に追加されてもいい筈の字はまだまだ沢山あると思うってことです。
じゃあ、どれを追加して、どれを削除したらいいのでしょうか?
そんなこと、私にはわかりません。「玻」は、当然追加されるべきだと思いますけど。
皆さんなら分かりますか?
分からないでしょう?
だって、どの字がどんな価値を持つかなんて、人それぞれで、すべての人の思いを理解するなんて私にはとてもできません。
病院のカルテに時々登場する「不定愁訴」って言葉、ご存知ですか? どこも悪くないんだけど不調を訴えることを言います。この「愁」を名前につけている知り合いがいます。
「え~? 愁うって言う字、いい意味ないじゃん」と心の中で思いましたが、理由がすばらしかった。
宗教入ってて申し訳ないですが、旧約聖書イザヤ書の中に「彼は愁いの人で」と、イエスキリストについて表現してういるところがあるのですが、彼らはその言葉にちなんで「イエス様のように人の悲しみを理解する人に」と願って「愁」をつけたそうです。
なんか「愁」が、すっごくいい字に見えませんか? 私はちょっと感動しました。
とにかく、親の思いの善し悪しまで、わたし達第三者が規制するのはおこがましいって思います。
じゃあ、規制しないで野放しにするのか?
それも、どうでしょうね? 親の思いは沢山ありますが、やっぱり決まりごとは必要なように思います。
子供は親の宝ですが、社会の宝でもありますから。
アンケートの回答にこんな意見がありました
・最近の子供に変わった名前をつける親はDQNと呼ばれていることはご存知ですか?
ヤンキー上がりの親や、バブル世代の親が多いようです。
DQNネームから、親がモンスターだということが分かるようです。
本当にお子さんのことを考えられているとは思えません。親のエゴです。
いやあ、うちの子には当てはまらないと思いましたが(笑)、この方のおっしゃることも一理あります。
人のことをいえた義理ではありませんが、びっくりする名前って、ここ最近多いですしね。
まあ、その辺りはまた後で。
とにかく、無条件でOKはないかな、と思っています。
じゃあ、どの変に線引きをすべきなのか?
この辺が私の悩みどころでした。 この、戸籍法の趣旨に、今となってはそぐわなくなってしまった施行規則、これは明らかに変。現在施行規則が人名用としている漢字と、人名にしてほしいと言われる字との常用平易さのバランスは、強烈に悪い。調べれば調べるほど、整合性もないし、合理性はかけらもない。どんな基準で決めてんだか、さっぱり分からない。
でも、戸籍法の趣旨は、もっともだと思います。問題は、場当たり的に増改築を繰り返した結果迷路みたいになっている施行規則の歪さ。これがすべての問題の根源かもって思いました。
じゃあ、どうしたらいいんでしょう?
そして、問題は、人名用漢字の枠組みだけでしょうか?
その運用は問題ないんでしょうか?
私達がしたアンケートに寄せられた意見の中に、こんなのがありました。
・私の身近に、名前で非常に苦労している人がいます。傍から見ていて可哀相に思うくらいです。
子どもには、誰にでも読める名前をプレゼントするのがベストだと、個人的には考えます。
・違う漢字で当て字でハンナでもいいじゃんっておもう…
・仕事をしていて、最近の子供はなぜこんなに難しい漢字を付けられているのか不思議になります。
・すらすらと読めません。後々さまざまな不都合が出てくるでしょう。
困るのは子供です。結局改名することになるのではないでしょうか。
・名前には、当て字で全く読めない名前もある。それにくらべれば、全く問題ないと思う。
・多分みな読めませんよ。子供への最初のプレゼント!ですが、後々いろんな意味で将来 子供さんが喜びますか?皆から親しみやすいほうが素敵だと思いますが
・今の頭の悪そうな読み方をする名前に見える。
・間違って読みようのない平易な漢字を認めないことは許せないことです。
・今の世の中、もっと読みにくい、読めない当て字の名前が氾濫する中、「玻」は読みにくい訳でも難しい訳でもなく、名前に使用しても何も問題ないと思います。
・最近はとても読めない漢字が名前にあててあり小児科の看護師としては驚きです。空快とかいてスカイと名前がありましたよ。
・読みやすい漢字なのでいいと思います。子どもの名前は悔いが残らないように付けたいと思いました。
これらの意見に共通するキーワードは「読み方」です。
少し前に、SAPIOだったかなあ?表紙にすごい見出しが書いてありました。「日本人は年々歳々馬鹿になっていく」だったような。中身は、何かのジョークかと思うほど笑えるものばかりでしたが、これが本当だったら、ちょっと日本の将来が心配かも・・・と心配になるようなないようでした。
その中に、子供の命名についての記事が載っていて「暴走万葉仮名」ってタイトル(だったかなあ?)の記事がありました。そのすごいタイトルに魅かれて恐る恐る読んでみました。だって、うちのことが「暴走万葉仮名」って言われていたらショックですもの。
まあ、それはさておき、「読み方」です。「空快とかいてスカイ」。これは実在なんでしょうね、きっと。
他にも「小宇宙」とかいて「コスモ」。「宇宙」と書いて「ソラ」。「地球」と書いて「ガイア」「テラ」みたいな。もしかしたら「真剣」とかいて「マジ」とか?
気持ちは分かりますよ。「宇宙」と書いて「そら」。思わずその前に「めぐりあい」ってつけたくなるのは私だけですか?なんか、歌が聞こえてきますよ「そして時が健やかに♪」って。
「地球」とかいて「テラ」そのあとに「へ・・・」とつけたくなりますもん。おもしろかったですよね。すごく。
でも考えました。戸籍法の趣旨に反するのかどうか?
あくまで私個人の感想を述べるなら、アウトでしょう。
私の中での「玻南」との線引きは、「その読みが辞書に載っているか否か」です。
「玻南」は教養があれば読めますが、明らかに教養ではない範疇の読みは駄目かもって思います。そもそも、「コスモ」って入力して「小宇宙」って変換できないし。「そら」「てら」って入力して「宇宙」は出ないし。
「玻南」は、一文字ずつならちゃんと変換できますよ。ちなみに、しつこいですが、どちらも戸籍統一文字ですし。お役所のコンピューターに入っていますよ。法務省のホームページで検索してください。出てきますよ~♪
ここが私の線引きです。じゃあ、「夜露死苦」はOKか?って聞かれると、う~ん、それは「暴走万葉仮名」の部類だと思うけど。そこは、コメントしません。だって、もしかすると「夜露が苦しんで死ぬ人の慰めになる」なんていう思いかもしれないし。まあ、これはちょっと苦しいこじつけですが、つまり、言いたいのは、親の思い入れについては、他人と法律が言及する権限はないと言うことです。ちょっと左利きになった気分で言うなら、「内心の自由を侵すな」ってところでしょうか?
それが許されるのは、親兄弟や親戚、友人など、その人の人生に深くかかわって、ともに歩んでいく覚悟のある人たちだけって私は思います。…となると、その資格のない親兄弟親戚や友人もあるってことで、このデリケートな部分に関しては一言で線引きするのは難しく、立ち入ることに慎重さが求められるんだと思っています。
アンケートでは、カウント集計したわけではありませんが、「明らかに漢字本来の読みと異なる当て字でいいじゃん」と「漢字本来の読みと異なる当て字は駄目でしょ」の意見が、ほぼ3:7くらいでした。
漫画世代の私にとって、漢字にまったく違うルビを振るのは慣れ親しんだ方法ですが、それはあくまで漢字の熟語の意味を知っていいるからこそ味わい深いと思っています。そして、それはあくまでサブカル世界に特化した手法であると思っていて、公的な文書に載せる、公的な名前はアウトだと思っています。すみません。
戸籍法の趣旨に照らしても、それは駄目かなって。
教養では読めないものである限り(確かに、東大で岡田俊夫が「オタク学入門」の講座を開いたことを思えば、サブカルも教養と言えるかもしれませんが、知らなくても恥ずかしくない内容であることから考えると、教養の範疇と言うよりも、趣味の範疇に入れるべきかと思います。私は「知っていたい」とても興味深い内容でしたが。)、「常用」でも「平易」でも、明らかに違うと思います。 すみません。
が、しかし。これが、市役所の窓口で通っていることに、不思議を感じます。いや、いいのかな?
漢字は「常用平易な文字」と定まってはいるけど、読みには規制がないから?
この前NHKを見ていて、「『日本』の正式な『ニホン』でも『ニッポン』でも、どちらでもよくて、読みは決まっていない。それは、日本人が読みよりも漢字を大切にする民族だから」というコメントを聞き、すっごく驚きました。そう考えれば、明らかに別物の読みもいいのか?? と迷うものの、それはちょっと違う気がします。
反対に、「沖田総司の漢字が、総司でも宗二(だったかな?)でも間違いではない。なぜなら、当時は読みを重視して、漢字は適当にあてがったから」という記載を読んだこともあるので、この二つから考えると、日本人の漢字と読みに対する鷹揚さを感じます。
でも そもそも、明らかに当て字ですらない読みと漢字の組み合わせを戸籍法は想定していなかったんでしょうね。これから先、法務省はこれをどうするんでしょう? 放置するのかな? いや、それはまずいんじゃないかなあ? 何がって具体的にはいえませんが、なんとなく、本能的に日本が危なくなりそうな気がして。
ごめんなさい。でも、なんか漠然と不安を感じます。
でも、現行の戸籍法じゃ、当て字ですらない組み合わせは問題ないってことなんでしょうね?
でも、なんか、漠然と、不安を感じます。
話し戻って、じゃあ、漢字はどこに線を引くの?ってなると、どうするんでしょう?
アンケートにはこんな意見が寄せられています。
・命名は、字画重視で姓名判断・親のこだわりで と人によってそれぞれですが、みんな子供に対する愛情を持って考えています。突飛な字を使っているわけでもないのに、人名漢字でない ということだけで受理されないのはとても残念です。”使えないことが分かっているのにわざわざ使わなくても・・・”という意見の人がいるのも事実だと思いますが、この字はこの子にぴったり!と一度思うと、使えないから・・・と言われても、名前を変えずにイメージに合う新しい字を見つけるのはとても難しいです。我が家の三男はそれに当てはまってしまいますが、人名漢字であるか・・・を問題にするならば、いわゆる当て字 読めない名前 も問題にされてもいいのではないでしょうか?人名漢字を使っているからどんな読み方でも受理 というのも問題はあるのでは?読めない名前をつけた張本人が言うのはおかしいかもしれないのですが。
玻南ちゃん キラキラと輝く明るい女の子になりそうなイメージが私にはあります。
お姉ちゃんの瑠都さんの名前もそうですが、ご夫妻のこだわりとあふれる思いがたくさんつまった、とてもいい名前ではないでしょうか。どんな判断が下されるのか分かりませんが、みなさんの声が少しでも後押しになって、早く玻南ちゃんの出生届けが受理されることを心から願っています。
・私は 漢字の使用に賛成です。よめなくもないから。
常用漢字ではなくても、名前に使用する場合は認めてもいいのではないかと思います。
・ ご両親には何かピンとくるものがあったのでしょうが,もともと「ハ」という読みを探しての当て字のようですし,この字に固執する理由がわかりません。2つの宗教から引っ張ってきたというこじつけも理解し難いです。「常用平易な字とは認められない」はその通りだと思います。この世に存在する漢字を全て使ってもいいということなら,常用漢字を設定して,あふれかえる漢字からだれでも使える漢字を義務教育で習うように整理してくれた先人たちの気持ちも踏みにじっていると思います。
ある程度のルールにのっとって生活することは社会人として必要でしょう。
・「親が子供に与える最初のプレゼント」と言うコメントに感動しました。漢字としてある以上認めてもいいと僕は思います
・名前は親の勝手な思い込みでつけるものではなく その子が死ぬまで呼ばれ続けられ愛される名前がいいと思います。一年名無しは親の傲慢です!私はパートで電話のオペレーターやってますが 読めない名前が多すぎます。多分ずーっと苦労されているのでしょう。誰もが読める字をつけて下さい
・玻南…良い名前だと思います そして良い字だと思います 何がいけないのですか?親が最愛の子につける名前なのに、常用平易な漢字などと他人がとやかく言う事ではないと思う。
・新聞読みました。はなちゃんとてもステキな名前だと思います。同じ子を持つ母親として応援します(*^o^*)1日も早くはなちゃんの名前がつく事を願います。親として初めてのプレゼントで一生涯の物ですから絶対に付けてあげたいですよね。頑張って下さい。アンケート①名前に使って良いと思います②常用平易な漢字と思います。
・お子さんに納得の行く名前を贈りたいというお気持ち、二児の母親として深く感銘を受けました。
しかしひとつ思うところがありましたので、お節介とは思いながら記させてください。
瑠璃も玻璃も照らせば光るという諺を、ご夫婦は優れたものは何処でも際立つという意味合いで捉えておられ、また一般にそれで通用しているようですが、この諺には別の解釈があります。わたくしの持っている「故事ことわざ辞典」(中日新聞社が昔配布したもの、編者は平井充良氏)には、「瑠璃も玻璃も光を当てれば同じようにかがやきを放つ。物は使い道一つで同じように役に立つものだということ。瑠璃は七宝のひとつであり、玻璃は水晶やガラスの類で瑠璃よりも質は劣る」とあります。
また「瑠璃も玻璃も照らせばわかる」という言葉も載っており、こちらは「似ているものでも見分けはつく」とあります。この場合も瑠璃と玻璃とは紛らわしいが、決定的に質が違うということが前提でしょう。穿った見方と思われるかもしれませんが、そのような解釈をする人間は実際に存在します。ご姉妹を瑠璃と玻璃になぞらえることについては無理にこだわらなくてもよろしいかと思うのですがいかがでしょう。
・旧約聖書に出てくる「ハンナ」という女性の
偉かったことというのは、子どもを私物化しなかったという点
といわれていますがはなちゃんのご両親は、子どもを私物化していませんか?
社会の既存ルールを無視し、自分たちの我儘を無理に通そうとして
その結果、はなちゃんを不幸な立場にしているのはご両親ではありませんか?
行政を恨むのは筋違いだと思います。
「この漢字が使えない!?じゃあ使えるようにしろ!」
「この漢字は使えない?じゃあこちらの漢字にしよう」
世間一般の人は、後者だと思いますよ。
・1.「名前に使っていい文字と思うか?」
回答:結論から言いますと、全く問題はありません。素晴らしい名じゃないですか。旧約聖書に出て来る登場人物・ハンナを参照にして命名したとの事ですが、ご両親のネーミング・センスは抜群に良いですね。11月4日付の中日新聞(朝刊版)で読んで初めて知ったのですが、僕はむしろ、「果たして最高裁までいくような案件なのか?」とさえ思ってしまいました。
2.「常用平易な漢字と思うか?」
回答:平成21年10月27日付にて名古屋高等裁判所が「常用平易な漢字とは認められず、戸籍上使えないのはやむを得ない」としましたが、じゃあ逆に「常用平易な漢字って何ですか?」と聞きたいですね。世の中には難しい読み方もしくは書き方をする苗字・名前の方もたくさんいらっしゃいますよね?人名に難解な文字を使ってはいけないのでしょうか?明らかに人格権の侵害です。最高裁判事の方々には由緒正しく、かつ公正な判決を出してくださいますよう、切にお願い申しあげます
・特に複雑な漢字でも無く、書きやすい字であると思いますので、
問題無いと思います。「玻南ちゃん」 キレイな名前だと思います。最高裁、応援しています。
・名前に使っていい漢字かどうか、これについては不可。嫌なイメージしか浮かばない。
つくりが皮だからか破を想像する。正直子供が可哀想。
常用平易な漢字かどうか、こんな字を普段見ることがない。今の頭の悪そうな読み方をする名前に見える。
常用平易と言ってる時点で字のごとく常日頃使うことがあるかという意味に見えるのが、こんな字見ません。
断固として反対。一人のためにそこまでする必要ない。
今度は、「玻南」をどう感じるか、という観点でピックアップしてみました。おおむね、好意的な方が多かったように思いますが、中にはよくない印象を持たれる方もいらっしゃいました。
つまり、漢字の字義も、名前の印象も、人それぞれの考えがあって、一致することはないことだけは確かです。捕らえ方は、各々の経験と教養と環境と、その他諸々によって形作られていくものなので、一致しないのは当然ですね。
この感じ方の多様性が、日本のいいところだし、思想的に偏った人たちで構成されているわけではないということだし、だから集団としてバランスが取れるんだと思うし。
とするなら、やっぱり、名前の字義や印象について、よっぽどのことがない限り第三者が立ち入る問題ではないのだと思います。かつて字義のためにずいぶん大きな騒ぎになったお名前もありました(実際、当事者になっている当時のお子さんがいて、その子のお名前も公開されている現状を考えると、うちの娘の裁判のときよく引き合いに出されていたのを見て、その方の選択の善し悪しはともかく、名づけようとしたご両親も名づけられたご本人もずいぶん傷付かれたことだろうと、とても胸が痛みました。確かに当時子供だった私でも覚えているぐらいの大事件でしたが、今どこかで生活している当事者の方々のお気持ちを考えると、本当にお辛いことだろうと思います。こんなとき、報道の責務と倫理って、どこでバランスを取るべきなのかなあって考えます。答えは分かりませんが。)が、時には国がNOを出す必要がある場合もあるかもしれません。でも、基本的には、両親のお気持ちを最大限尊重すべきだと思っています。
従って、法律が関与・制限すべき範囲は、やはり現行の戸籍法の趣旨の範囲でいいのではないでしょうか?
しかし、この趣旨を体現するに当たって準備された施行規則と別表2。これは、実に非合理的でしょうね。そして、現実の流れに全く追いついていない。早急に見直して欲しいです。
「どんな風に?」
漢字の制限に関しては、現時点で戸籍に使用されている文字(氏・名問わず)は、「可」としていいのではないでしょうか? そもそも、この法律のできた頃は手書きの時代で誤字略字がしばしば見られたそうですから、当時としてはこの法律は合理的だったんでしょうね。
その後何回か改定されていますが、だいぶ新しいところにきて、私が高校・大学生の頃。パソコンはほとんどなくワープロがとても最先端で輝いて見え持っていない人の方が多く、少ししてパソコンが出てくると「一太郎」辺りがとってもかっこよく見え…という感じで(私だけでしょうか?)、とにかく、まだまだ高価で今ほど普及していませんでした。携帯電話なんて見たことも聞いたこともなく。ポケベルさえも持っている子はまれでした。 つまり、文字の変換技術が今とは段違いに未熟な時代でした。そんな頃には、やっぱり今よりも制限が厳しいのも、理にかなっていたかもしれません。この時代は、戸籍や住民票の交付は手書きと、時々ワープロ?が混ざっていて、手書きから電算システムへの過渡期だったんでしょうね。
そして今。詳しくは、京都大学の安岡先生のブログを見てくださいね。この方、とってもお詳しくて、人名漢字についても、私たちが知る中でもっとも合理的で納得のできる考えの方です。
安岡先生がブログで述べているように、そして、大阪高等裁判所が「穹」や「祷」判決で述べたように、「戸籍統一文字」に載っているなら、そして氏には使えているなら、名に使用するのを制限する合理的な理由はどこにもないと思います。そう思いませんか? 氏と名に使える漢字の範囲の違いがあること自体不思議でしょう?、氏に使えるものが名だと駄目で著しい不便・支障になるんでしょうかね?
役所のPCに搭載されている「戸籍統一文字」の使用を制限しなければならない理由が分からない。いまどきのPCのメモリーの容量を考えると、「玻」なんか高々JIS第2水準レベルでしょ? 教養の範囲だと思いますけどね(ちょっと怒れてきました) 別表2の中には第3・4水準の文字も含まれているのに。おかしいと思いませんか???
話しはずれましたが、戸籍法施行規則が制限すべきは、最大限で「戸籍統一文字以外は不可」までが合理的でしょうね。よっぽど「著しい不便・支障」にこだわるなら、「戸籍統一文字でかつJIS第2水準のみ」ぐらいが戸籍法の限界でしょう。
何で見直さないのかなあ? そして、何でこの変な法律が放置されているの?
それが「無知が自由を奪う」ってことなんでしょうね。もう少し加筆すると「無知と無関心が、♪かわした覚えのない約束が今日も僕らの自由を奪う♪」ってところでしょうか?
これ、私は実に法務省に訴えたい。
「戸籍法施行規則の所、変だよ。見直して。氏と名に使用可能文字の制限の差を設けるのは、戸籍法の趣旨を著しく逸脱するもので、戸籍統一文字であれば氏・名ともに使用に差し支えないんだから、早急に見直してよね」
と訴えたい。そう思いませんか? ねえ、そう思いませんか???
皆さん、どう思いますか?ぜひご意見ください。よろしくお願いします。 矢藤妻
しかし、家庭裁判所の書類や何やかんやを出してきて入力をするところで挫折。
毎夜毎夜、「パパ、今夜こそやるよ」と言いつつ、ある夜はパパが、次の夜は私が、寝かせつけの後帰らぬ人となって朝を迎え続けたので、今日は、途中のままアップすることにしました(つまり、今夜もパパが帰ってきませんでした)。
家裁の内容は、追って入力していきます。多分、ここまでで、日にちとか、細かい辺りが不正確な気がします。自分の年齢はもちろん、子供の生年月日やクラス、担任の先生の名前も覚えられない私なので、そこは気づいたら訂正しますので大目に見てください(笑)
ここ最近で一番感心したのは、三男義弥が小学校から持ち帰ってきた「家庭調査書」。学校から、「去年提出したものに変更があれば、赤で訂正して提出してください」といわれました。「どれどれ、うちは、ほかの子供の学年を訂正しないと」と、赤ペンを持ってみてみると、不思議なことに、すでに長女は高校2年生、長男は、今年入学した高校の一年生、三男はすでに年長さんになっていたのです。
「???今年新しく書いたんだっけ???」と思い、記入日を確認すると、ちゃんと去年の4月。「ま、去年一年間さしつかえなかったし、いっか♪」と、そのまま再提出しました。
他にも、長男の中学校の地区懇談会で、「担任の先生はどなたですか?」と聞かれ「佐藤先生です」「?うちの学校に佐藤先生はいらっしゃいませんが?」「えっ?そうでしたっけ? あれ? 一年J組の、数学の先生ですが・・・」「じゃあ、こちらで調べておきます。」ということもありました。
また、長女のクラス懇談会に行って、「すみません。二年生で、松野先生のクラスですが、何組ですか?」と聞いたこともあります。
長男と長女の家庭調査書は、子供の生年月日と学年が一致しなくて、子供が書き直したこともあります。
そんな自慢にもならない話ですが、毎年変わっていくものを覚えていられないのは、私だけってことはないですよね?
こんなことばかり書いていると、「この人信用できないかも」って思われそうで心配ですが、機械的に変化するものは覚えられませんが、感じたこと、考えたこと、話し合ったことは覚えてますから、大丈夫ですよ。ほんとうに、大丈夫ですよ!!
で、感じたこと。
一体、「常用平易の基準って何?」ってことです。
わたしたちは、この「明らかに常用平易」って言葉に泣かされてきました。だって、「明らかに常用平易」の判断基準が明らかじゃないんですもの。そうでしょ?
今回の最高裁判所の判断の根拠でさえも「明らかではなかった」んですもの。
「明らかに常用平易」の根拠は、ここまで私たちが調べてきた判決文はどれも曖昧で、普遍性がなくて、個々の判断に任されてきたんですから。
よく使われる「曽」判決は、「曽」を常用平易だとする理由は示しても、そこから「明らかに常用平易」の基準を見つけることはできませんでした。
「悠」の判決もよくわかりませんでした。しいて言えば、画数は基準になるのかしら?
もっとも強烈だったのは、琉球の「琉」判決。市長までが「認めてあげたい」なんていっている。そりゃあ、市長さんいい人なんだろうけど、自分が公職者として発言する言葉じゃないよねって心の中で突っ込んでいました。個人の感情と、職務上の立場は混ぜちゃいけないでしょうに。なんか、判決文は、「OKの結論ありき」って気がしました。でも、歴史があればいいってことでしょうか?
でも、そんな中でもっとも分かり易かったのは、今回参考にした「穹」「祷」判決でした。判断基準を文字ごとに定めるのではなく、最初に普遍性のある枠組みを提示した上で、文字の検討をしていました。もっとも公正な印象の判決文でした。
個人的には、「誰が見ても同じ基準でその文字の検討ができる」様に書かれている判決文は、この二つしかありませんでした。
もっとも、その基準自体の善し悪しの判断は、人によって分かれるところかと思いますが、少なくとも、名古屋高等裁判所の裁判官の判決や、最高裁判所第二小法廷の裁判官の判決みたいな、「その判断基準と理由は、裁判官の頭の中」っていうアンフェアなものじゃないだけ、数十倍も数百倍も公正でいいものだと私は思います。
そうそう、最近読んだ新聞で、とある裁判官の手紙を見つけました。
「裁判は争いごとを裁くもので、関係者全員に満足のいく結果を出すことはほとんど不可能と言ってもいいでしょう。不満を表されるのも、裁判の宿命だと思っています。(5月17日付中日新聞朝刊31ページ)」
私の持っていた裁判のイメージとはずいぶん違っていて、なんか、ね。
もっとも、この手紙を書いた裁判官が述べているのは、放火犯の裁判の後、裁判員に向けて書いた手紙なので、それについて述べているのかもしれないけど。私たちのケースとは違うのかもしれないけど。
うまく言えませんが、なんか、こんな裁判官嫌だなあ、って思ってしまいました。こんなものなのかなあ?
ずいぶんと話はそれましたが、不服申し立ての間ずっと思っていたのは、「一体、名前に使える漢字の基準って、本当にこれ(戸籍法と施行規則)が適切なのかなあ?」ってことです。
何度もしつこいですが、そもそも戸籍法が定めた「常用平易」の目的は、①本人と周囲が困らないことです。そして、手書きだった時代、略字や下手したら誤字もあった(らしい)ことから、②戸籍事務に支障が出たのでそれを防ぐ目的です。
この前見直しを発表していた常用漢字の判断基準は「書けなくても、読めてPC変換できればいい」でした。確かに、PCはカナを正しく入力しさえすれば誤字脱字は防げますし。
まさか、この前常用漢字に入ることになった「鬱」が平易で、スラスラ書けると思っている人はいないですよね? 私は仕事柄、書けますけど(ちょっと自慢?)、けっして平易だとは思いませんよ。
それと、「常用平易の範囲は、常用漢字と別表2」という決まり。これも、どうなんでしょう?
この前行われた文化審議会国語分科会漢字賞委員会で、阿辻委員(この方、人名用漢字の見直しの委員会のメンバーも兼ねています)は、「常用漢字だから、そのまま子供の名前にふさわしいというふうには100%ストレートには行かない」と述べています。
私もそう思います。「病」とか「苦」「悪」「呪」「嫌」とか。名前についたら、「えっ!?」と驚く文字って、結構沢山ありますよね。
それに、文化審議会国語分科会漢字賞委員会の金武委員(この方も、人名用漢字の見直しの委員会のメンバーも兼ねています)は「玻」について「これは常用漢字ではなくて、人名用漢字に追加する方向の検討が必要とだと考えます」と述べています。
私も、そう思います。
でも、早まらないでくださいね。ここで言いたいのは「だから、『玻』は、人名にふさわしい」ってことじゃなくて、常用漢字と人名漢字は、別に検討する必要があるってことです。
また、金武委員は、こうも述べています。「私は、親が自分の子供につける名前を、できるだけこの字を使いたいと言う場合には尊重すべきだと思うのですが、常用漢字に入れる理由と名前につけたい理由とは多少違うところがあると思います。そしてこれは、人名漢字に追加する要望というのが妥当であると言うことで、現在の人名用漢字を見ても、確かにこれよりも難しい字が沢山入っており、そういうバランスを考えると、これを追加してもいいのではないかという気がしますので・・・」と述べています。
私もそう思います。「玻」は、他の人名用漢字とのバランスを考えると当然追加されていいと思います。
でも、早まらないでくださいね。ここで論じたいのは「玻」のことではなく、人名用漢字に追加されてもいい筈の字はまだまだ沢山あると思うってことです。
じゃあ、どれを追加して、どれを削除したらいいのでしょうか?
そんなこと、私にはわかりません。「玻」は、当然追加されるべきだと思いますけど。
皆さんなら分かりますか?
分からないでしょう?
だって、どの字がどんな価値を持つかなんて、人それぞれで、すべての人の思いを理解するなんて私にはとてもできません。
病院のカルテに時々登場する「不定愁訴」って言葉、ご存知ですか? どこも悪くないんだけど不調を訴えることを言います。この「愁」を名前につけている知り合いがいます。
「え~? 愁うって言う字、いい意味ないじゃん」と心の中で思いましたが、理由がすばらしかった。
宗教入ってて申し訳ないですが、旧約聖書イザヤ書の中に「彼は愁いの人で」と、イエスキリストについて表現してういるところがあるのですが、彼らはその言葉にちなんで「イエス様のように人の悲しみを理解する人に」と願って「愁」をつけたそうです。
なんか「愁」が、すっごくいい字に見えませんか? 私はちょっと感動しました。
とにかく、親の思いの善し悪しまで、わたし達第三者が規制するのはおこがましいって思います。
じゃあ、規制しないで野放しにするのか?
それも、どうでしょうね? 親の思いは沢山ありますが、やっぱり決まりごとは必要なように思います。
子供は親の宝ですが、社会の宝でもありますから。
アンケートの回答にこんな意見がありました
・最近の子供に変わった名前をつける親はDQNと呼ばれていることはご存知ですか?
ヤンキー上がりの親や、バブル世代の親が多いようです。
DQNネームから、親がモンスターだということが分かるようです。
本当にお子さんのことを考えられているとは思えません。親のエゴです。
いやあ、うちの子には当てはまらないと思いましたが(笑)、この方のおっしゃることも一理あります。
人のことをいえた義理ではありませんが、びっくりする名前って、ここ最近多いですしね。
まあ、その辺りはまた後で。
とにかく、無条件でOKはないかな、と思っています。
じゃあ、どの変に線引きをすべきなのか?
この辺が私の悩みどころでした。 この、戸籍法の趣旨に、今となってはそぐわなくなってしまった施行規則、これは明らかに変。現在施行規則が人名用としている漢字と、人名にしてほしいと言われる字との常用平易さのバランスは、強烈に悪い。調べれば調べるほど、整合性もないし、合理性はかけらもない。どんな基準で決めてんだか、さっぱり分からない。
でも、戸籍法の趣旨は、もっともだと思います。問題は、場当たり的に増改築を繰り返した結果迷路みたいになっている施行規則の歪さ。これがすべての問題の根源かもって思いました。
じゃあ、どうしたらいいんでしょう?
そして、問題は、人名用漢字の枠組みだけでしょうか?
その運用は問題ないんでしょうか?
私達がしたアンケートに寄せられた意見の中に、こんなのがありました。
・私の身近に、名前で非常に苦労している人がいます。傍から見ていて可哀相に思うくらいです。
子どもには、誰にでも読める名前をプレゼントするのがベストだと、個人的には考えます。
・違う漢字で当て字でハンナでもいいじゃんっておもう…
・仕事をしていて、最近の子供はなぜこんなに難しい漢字を付けられているのか不思議になります。
・すらすらと読めません。後々さまざまな不都合が出てくるでしょう。
困るのは子供です。結局改名することになるのではないでしょうか。
・名前には、当て字で全く読めない名前もある。それにくらべれば、全く問題ないと思う。
・多分みな読めませんよ。子供への最初のプレゼント!ですが、後々いろんな意味で将来 子供さんが喜びますか?皆から親しみやすいほうが素敵だと思いますが
・今の頭の悪そうな読み方をする名前に見える。
・間違って読みようのない平易な漢字を認めないことは許せないことです。
・今の世の中、もっと読みにくい、読めない当て字の名前が氾濫する中、「玻」は読みにくい訳でも難しい訳でもなく、名前に使用しても何も問題ないと思います。
・最近はとても読めない漢字が名前にあててあり小児科の看護師としては驚きです。空快とかいてスカイと名前がありましたよ。
・読みやすい漢字なのでいいと思います。子どもの名前は悔いが残らないように付けたいと思いました。
これらの意見に共通するキーワードは「読み方」です。
少し前に、SAPIOだったかなあ?表紙にすごい見出しが書いてありました。「日本人は年々歳々馬鹿になっていく」だったような。中身は、何かのジョークかと思うほど笑えるものばかりでしたが、これが本当だったら、ちょっと日本の将来が心配かも・・・と心配になるようなないようでした。
その中に、子供の命名についての記事が載っていて「暴走万葉仮名」ってタイトル(だったかなあ?)の記事がありました。そのすごいタイトルに魅かれて恐る恐る読んでみました。だって、うちのことが「暴走万葉仮名」って言われていたらショックですもの。
まあ、それはさておき、「読み方」です。「空快とかいてスカイ」。これは実在なんでしょうね、きっと。
他にも「小宇宙」とかいて「コスモ」。「宇宙」と書いて「ソラ」。「地球」と書いて「ガイア」「テラ」みたいな。もしかしたら「真剣」とかいて「マジ」とか?
気持ちは分かりますよ。「宇宙」と書いて「そら」。思わずその前に「めぐりあい」ってつけたくなるのは私だけですか?なんか、歌が聞こえてきますよ「そして時が健やかに♪」って。
「地球」とかいて「テラ」そのあとに「へ・・・」とつけたくなりますもん。おもしろかったですよね。すごく。
でも考えました。戸籍法の趣旨に反するのかどうか?
あくまで私個人の感想を述べるなら、アウトでしょう。
私の中での「玻南」との線引きは、「その読みが辞書に載っているか否か」です。
「玻南」は教養があれば読めますが、明らかに教養ではない範疇の読みは駄目かもって思います。そもそも、「コスモ」って入力して「小宇宙」って変換できないし。「そら」「てら」って入力して「宇宙」は出ないし。
「玻南」は、一文字ずつならちゃんと変換できますよ。ちなみに、しつこいですが、どちらも戸籍統一文字ですし。お役所のコンピューターに入っていますよ。法務省のホームページで検索してください。出てきますよ~♪
ここが私の線引きです。じゃあ、「夜露死苦」はOKか?って聞かれると、う~ん、それは「暴走万葉仮名」の部類だと思うけど。そこは、コメントしません。だって、もしかすると「夜露が苦しんで死ぬ人の慰めになる」なんていう思いかもしれないし。まあ、これはちょっと苦しいこじつけですが、つまり、言いたいのは、親の思い入れについては、他人と法律が言及する権限はないと言うことです。ちょっと左利きになった気分で言うなら、「内心の自由を侵すな」ってところでしょうか?
それが許されるのは、親兄弟や親戚、友人など、その人の人生に深くかかわって、ともに歩んでいく覚悟のある人たちだけって私は思います。…となると、その資格のない親兄弟親戚や友人もあるってことで、このデリケートな部分に関しては一言で線引きするのは難しく、立ち入ることに慎重さが求められるんだと思っています。
アンケートでは、カウント集計したわけではありませんが、「明らかに漢字本来の読みと異なる当て字でいいじゃん」と「漢字本来の読みと異なる当て字は駄目でしょ」の意見が、ほぼ3:7くらいでした。
漫画世代の私にとって、漢字にまったく違うルビを振るのは慣れ親しんだ方法ですが、それはあくまで漢字の熟語の意味を知っていいるからこそ味わい深いと思っています。そして、それはあくまでサブカル世界に特化した手法であると思っていて、公的な文書に載せる、公的な名前はアウトだと思っています。すみません。
戸籍法の趣旨に照らしても、それは駄目かなって。
教養では読めないものである限り(確かに、東大で岡田俊夫が「オタク学入門」の講座を開いたことを思えば、サブカルも教養と言えるかもしれませんが、知らなくても恥ずかしくない内容であることから考えると、教養の範疇と言うよりも、趣味の範疇に入れるべきかと思います。私は「知っていたい」とても興味深い内容でしたが。)、「常用」でも「平易」でも、明らかに違うと思います。 すみません。
が、しかし。これが、市役所の窓口で通っていることに、不思議を感じます。いや、いいのかな?
漢字は「常用平易な文字」と定まってはいるけど、読みには規制がないから?
この前NHKを見ていて、「『日本』の正式な『ニホン』でも『ニッポン』でも、どちらでもよくて、読みは決まっていない。それは、日本人が読みよりも漢字を大切にする民族だから」というコメントを聞き、すっごく驚きました。そう考えれば、明らかに別物の読みもいいのか?? と迷うものの、それはちょっと違う気がします。
反対に、「沖田総司の漢字が、総司でも宗二(だったかな?)でも間違いではない。なぜなら、当時は読みを重視して、漢字は適当にあてがったから」という記載を読んだこともあるので、この二つから考えると、日本人の漢字と読みに対する鷹揚さを感じます。
でも そもそも、明らかに当て字ですらない読みと漢字の組み合わせを戸籍法は想定していなかったんでしょうね。これから先、法務省はこれをどうするんでしょう? 放置するのかな? いや、それはまずいんじゃないかなあ? 何がって具体的にはいえませんが、なんとなく、本能的に日本が危なくなりそうな気がして。
ごめんなさい。でも、なんか漠然と不安を感じます。
でも、現行の戸籍法じゃ、当て字ですらない組み合わせは問題ないってことなんでしょうね?
でも、なんか、漠然と、不安を感じます。
話し戻って、じゃあ、漢字はどこに線を引くの?ってなると、どうするんでしょう?
アンケートにはこんな意見が寄せられています。
・命名は、字画重視で姓名判断・親のこだわりで と人によってそれぞれですが、みんな子供に対する愛情を持って考えています。突飛な字を使っているわけでもないのに、人名漢字でない ということだけで受理されないのはとても残念です。”使えないことが分かっているのにわざわざ使わなくても・・・”という意見の人がいるのも事実だと思いますが、この字はこの子にぴったり!と一度思うと、使えないから・・・と言われても、名前を変えずにイメージに合う新しい字を見つけるのはとても難しいです。我が家の三男はそれに当てはまってしまいますが、人名漢字であるか・・・を問題にするならば、いわゆる当て字 読めない名前 も問題にされてもいいのではないでしょうか?人名漢字を使っているからどんな読み方でも受理 というのも問題はあるのでは?読めない名前をつけた張本人が言うのはおかしいかもしれないのですが。
玻南ちゃん キラキラと輝く明るい女の子になりそうなイメージが私にはあります。
お姉ちゃんの瑠都さんの名前もそうですが、ご夫妻のこだわりとあふれる思いがたくさんつまった、とてもいい名前ではないでしょうか。どんな判断が下されるのか分かりませんが、みなさんの声が少しでも後押しになって、早く玻南ちゃんの出生届けが受理されることを心から願っています。
・私は 漢字の使用に賛成です。よめなくもないから。
常用漢字ではなくても、名前に使用する場合は認めてもいいのではないかと思います。
・ ご両親には何かピンとくるものがあったのでしょうが,もともと「ハ」という読みを探しての当て字のようですし,この字に固執する理由がわかりません。2つの宗教から引っ張ってきたというこじつけも理解し難いです。「常用平易な字とは認められない」はその通りだと思います。この世に存在する漢字を全て使ってもいいということなら,常用漢字を設定して,あふれかえる漢字からだれでも使える漢字を義務教育で習うように整理してくれた先人たちの気持ちも踏みにじっていると思います。
ある程度のルールにのっとって生活することは社会人として必要でしょう。
・「親が子供に与える最初のプレゼント」と言うコメントに感動しました。漢字としてある以上認めてもいいと僕は思います
・名前は親の勝手な思い込みでつけるものではなく その子が死ぬまで呼ばれ続けられ愛される名前がいいと思います。一年名無しは親の傲慢です!私はパートで電話のオペレーターやってますが 読めない名前が多すぎます。多分ずーっと苦労されているのでしょう。誰もが読める字をつけて下さい
・玻南…良い名前だと思います そして良い字だと思います 何がいけないのですか?親が最愛の子につける名前なのに、常用平易な漢字などと他人がとやかく言う事ではないと思う。
・新聞読みました。はなちゃんとてもステキな名前だと思います。同じ子を持つ母親として応援します(*^o^*)1日も早くはなちゃんの名前がつく事を願います。親として初めてのプレゼントで一生涯の物ですから絶対に付けてあげたいですよね。頑張って下さい。アンケート①名前に使って良いと思います②常用平易な漢字と思います。
・お子さんに納得の行く名前を贈りたいというお気持ち、二児の母親として深く感銘を受けました。
しかしひとつ思うところがありましたので、お節介とは思いながら記させてください。
瑠璃も玻璃も照らせば光るという諺を、ご夫婦は優れたものは何処でも際立つという意味合いで捉えておられ、また一般にそれで通用しているようですが、この諺には別の解釈があります。わたくしの持っている「故事ことわざ辞典」(中日新聞社が昔配布したもの、編者は平井充良氏)には、「瑠璃も玻璃も光を当てれば同じようにかがやきを放つ。物は使い道一つで同じように役に立つものだということ。瑠璃は七宝のひとつであり、玻璃は水晶やガラスの類で瑠璃よりも質は劣る」とあります。
また「瑠璃も玻璃も照らせばわかる」という言葉も載っており、こちらは「似ているものでも見分けはつく」とあります。この場合も瑠璃と玻璃とは紛らわしいが、決定的に質が違うということが前提でしょう。穿った見方と思われるかもしれませんが、そのような解釈をする人間は実際に存在します。ご姉妹を瑠璃と玻璃になぞらえることについては無理にこだわらなくてもよろしいかと思うのですがいかがでしょう。
・旧約聖書に出てくる「ハンナ」という女性の
偉かったことというのは、子どもを私物化しなかったという点
といわれていますがはなちゃんのご両親は、子どもを私物化していませんか?
社会の既存ルールを無視し、自分たちの我儘を無理に通そうとして
その結果、はなちゃんを不幸な立場にしているのはご両親ではありませんか?
行政を恨むのは筋違いだと思います。
「この漢字が使えない!?じゃあ使えるようにしろ!」
「この漢字は使えない?じゃあこちらの漢字にしよう」
世間一般の人は、後者だと思いますよ。
・1.「名前に使っていい文字と思うか?」
回答:結論から言いますと、全く問題はありません。素晴らしい名じゃないですか。旧約聖書に出て来る登場人物・ハンナを参照にして命名したとの事ですが、ご両親のネーミング・センスは抜群に良いですね。11月4日付の中日新聞(朝刊版)で読んで初めて知ったのですが、僕はむしろ、「果たして最高裁までいくような案件なのか?」とさえ思ってしまいました。
2.「常用平易な漢字と思うか?」
回答:平成21年10月27日付にて名古屋高等裁判所が「常用平易な漢字とは認められず、戸籍上使えないのはやむを得ない」としましたが、じゃあ逆に「常用平易な漢字って何ですか?」と聞きたいですね。世の中には難しい読み方もしくは書き方をする苗字・名前の方もたくさんいらっしゃいますよね?人名に難解な文字を使ってはいけないのでしょうか?明らかに人格権の侵害です。最高裁判事の方々には由緒正しく、かつ公正な判決を出してくださいますよう、切にお願い申しあげます
・特に複雑な漢字でも無く、書きやすい字であると思いますので、
問題無いと思います。「玻南ちゃん」 キレイな名前だと思います。最高裁、応援しています。
・名前に使っていい漢字かどうか、これについては不可。嫌なイメージしか浮かばない。
つくりが皮だからか破を想像する。正直子供が可哀想。
常用平易な漢字かどうか、こんな字を普段見ることがない。今の頭の悪そうな読み方をする名前に見える。
常用平易と言ってる時点で字のごとく常日頃使うことがあるかという意味に見えるのが、こんな字見ません。
断固として反対。一人のためにそこまでする必要ない。
今度は、「玻南」をどう感じるか、という観点でピックアップしてみました。おおむね、好意的な方が多かったように思いますが、中にはよくない印象を持たれる方もいらっしゃいました。
つまり、漢字の字義も、名前の印象も、人それぞれの考えがあって、一致することはないことだけは確かです。捕らえ方は、各々の経験と教養と環境と、その他諸々によって形作られていくものなので、一致しないのは当然ですね。
この感じ方の多様性が、日本のいいところだし、思想的に偏った人たちで構成されているわけではないということだし、だから集団としてバランスが取れるんだと思うし。
とするなら、やっぱり、名前の字義や印象について、よっぽどのことがない限り第三者が立ち入る問題ではないのだと思います。かつて字義のためにずいぶん大きな騒ぎになったお名前もありました(実際、当事者になっている当時のお子さんがいて、その子のお名前も公開されている現状を考えると、うちの娘の裁判のときよく引き合いに出されていたのを見て、その方の選択の善し悪しはともかく、名づけようとしたご両親も名づけられたご本人もずいぶん傷付かれたことだろうと、とても胸が痛みました。確かに当時子供だった私でも覚えているぐらいの大事件でしたが、今どこかで生活している当事者の方々のお気持ちを考えると、本当にお辛いことだろうと思います。こんなとき、報道の責務と倫理って、どこでバランスを取るべきなのかなあって考えます。答えは分かりませんが。)が、時には国がNOを出す必要がある場合もあるかもしれません。でも、基本的には、両親のお気持ちを最大限尊重すべきだと思っています。
従って、法律が関与・制限すべき範囲は、やはり現行の戸籍法の趣旨の範囲でいいのではないでしょうか?
しかし、この趣旨を体現するに当たって準備された施行規則と別表2。これは、実に非合理的でしょうね。そして、現実の流れに全く追いついていない。早急に見直して欲しいです。
「どんな風に?」
漢字の制限に関しては、現時点で戸籍に使用されている文字(氏・名問わず)は、「可」としていいのではないでしょうか? そもそも、この法律のできた頃は手書きの時代で誤字略字がしばしば見られたそうですから、当時としてはこの法律は合理的だったんでしょうね。
その後何回か改定されていますが、だいぶ新しいところにきて、私が高校・大学生の頃。パソコンはほとんどなくワープロがとても最先端で輝いて見え持っていない人の方が多く、少ししてパソコンが出てくると「一太郎」辺りがとってもかっこよく見え…という感じで(私だけでしょうか?)、とにかく、まだまだ高価で今ほど普及していませんでした。携帯電話なんて見たことも聞いたこともなく。ポケベルさえも持っている子はまれでした。 つまり、文字の変換技術が今とは段違いに未熟な時代でした。そんな頃には、やっぱり今よりも制限が厳しいのも、理にかなっていたかもしれません。この時代は、戸籍や住民票の交付は手書きと、時々ワープロ?が混ざっていて、手書きから電算システムへの過渡期だったんでしょうね。
そして今。詳しくは、京都大学の安岡先生のブログを見てくださいね。この方、とってもお詳しくて、人名漢字についても、私たちが知る中でもっとも合理的で納得のできる考えの方です。
安岡先生がブログで述べているように、そして、大阪高等裁判所が「穹」や「祷」判決で述べたように、「戸籍統一文字」に載っているなら、そして氏には使えているなら、名に使用するのを制限する合理的な理由はどこにもないと思います。そう思いませんか? 氏と名に使える漢字の範囲の違いがあること自体不思議でしょう?、氏に使えるものが名だと駄目で著しい不便・支障になるんでしょうかね?
役所のPCに搭載されている「戸籍統一文字」の使用を制限しなければならない理由が分からない。いまどきのPCのメモリーの容量を考えると、「玻」なんか高々JIS第2水準レベルでしょ? 教養の範囲だと思いますけどね(ちょっと怒れてきました) 別表2の中には第3・4水準の文字も含まれているのに。おかしいと思いませんか???
話しはずれましたが、戸籍法施行規則が制限すべきは、最大限で「戸籍統一文字以外は不可」までが合理的でしょうね。よっぽど「著しい不便・支障」にこだわるなら、「戸籍統一文字でかつJIS第2水準のみ」ぐらいが戸籍法の限界でしょう。
何で見直さないのかなあ? そして、何でこの変な法律が放置されているの?
それが「無知が自由を奪う」ってことなんでしょうね。もう少し加筆すると「無知と無関心が、♪かわした覚えのない約束が今日も僕らの自由を奪う♪」ってところでしょうか?
これ、私は実に法務省に訴えたい。
「戸籍法施行規則の所、変だよ。見直して。氏と名に使用可能文字の制限の差を設けるのは、戸籍法の趣旨を著しく逸脱するもので、戸籍統一文字であれば氏・名ともに使用に差し支えないんだから、早急に見直してよね」
と訴えたい。そう思いませんか? ねえ、そう思いませんか???
皆さん、どう思いますか?ぜひご意見ください。よろしくお願いします。 矢藤妻
2010年5月10日月曜日
初戦 vs名古屋家庭裁判所の巻 ①
このゴールデンウイークは、本当に家族そろってウイーク(弱い)でした。
まず、誰が初発患者かわからないのですが、ゴールでウイークが始まる前から、私がひどい咳と痰に悩まされ、次に長女が声が出なくなり、やがて長男へ。
それでも、日常生活に支障が出ることはなく、そのままゴールデンウイークに入りました。
主人が駒が岳に行こうと言い出し、私も自分の仕事がひと段落ついたので賛成し、部活に忙しい上二人を放っておいてした参院を連れて出かけました。
野生のカモシカやサルを見ながらロープーウエーのふもとに着き。頂上に上ると、予定していたハイキングコースは雪の下に。
初めての雪に大はしゃぎな玻南をカメラに収めて、みんなでソフトクリームを食べましたが、お約束通り、三男はコーンを残して全て床に食べさせてあげました(怒)。三男のやさしさに感動した母は、半分分けてあげましたよ。もちろんゲンコツ飴もトッピングしてあります(笑)。
その後はふもとのハイキングコースを回り、「さあ、名物でも食べて帰ろうかア~」と話していると、突然「さっきコケたから頭がくらくらする~」と泣き出す三男。発熱です。
仕方がないので、名物もあきらめてソッコー帰宅しました。そして2日後。入れ替わりで玻南が発熱。結局ゴールデンウイークは、絶えず誰かが寝込んでいるお休みになりました。
まあ、その分家でゆったりできてよかったんだけど。
そして本題。
記憶が正しければ、玻南の出生届を持ち帰った翌日は土日で、市役所はお休み。で、よく月曜日の朝、たぶん8日だったような・・・?(すると、前回ブログに書いた、12月7日の出生届は、日付が違うかも?? まあ、出生届の提出期日最終日であることは間違いありません)
とにかく、改めて主人が出生届を出しに行きました。もちろん「不受理」は覚悟の上です。
この日は、簡単でした。
主人が出世届けを出す。市役所の人がこれでは受理できないという。それで、不受理のはんこを押されて、その書類を持ち帰る。
そんれだけです。
そうそう、まだよくわかっていなかった私たちは、。市役所の人に、どこにどんな手続きをしに行ったらいいのかをもう一度聞きました。
市役所に人は、親切にもう一度、家庭裁判所に、市町村長の出生届不受理処分に対する不服申し立てをする、と教えてくれました。
アンケートの自由な意見の中には「市役所の人は法律を守っているだけで悪くない。あなたたちがわがままだ。」という意見がいくつも見られました。私たちもそう思います。
市役所の人たちは、法律どおり職務を遂行しているだけに過ぎないと思います。それを超えて許可を出したりしたら、それこそ問題です。
私たちは、誰かを非難していたわけでも、市長に不服があるわけでもありません。だって、彼らは法律どおり職務を遂行しているだけなんだから。
それなのに、この申し立ての名前は「市町村長の処分に対する不服申し立て」。
これ、すっごく変だよ~。市町村長に不服を言うこと自体、筋違いジャン。法律守って「不服申し立て」されるなんて、もし自分が市長だったら「そんならどうしろっていうんだよ??」といいたくなりません?
それとも、市町村長に漢字を追加する裁量権があるのかな? 法律には「家庭裁判所がその裁量権を行使することができる」ってあったような。
この名称、きわめて不条理な気がします。そもそも、私たちが申し立てたいのは、「この戸籍法の趣旨どおり、常用平易な漢字の『玻』を人名漢字に加えてよ、家庭裁判所さん」ってことで、どこに市町村長が出てくるのさ?むしろ、その申し立ての相手は法務大臣か法務局じゃないの? と思います。
本題に戻って
そして、主人は庭裁判所に行って事情を説明しました。裁判所の人は書類をくれましたが、これが主人もはじめてみるものなので、その場ですらすらと書くことができず、いったん持ち帰りました。
また、書類といっしょに、添付書類や費用の書類ももらいました。
そこには、戸籍謄本がいるとかいてありました。私たちの戸籍は県外にあります。
しかし、期日はとても迫っていて、悠長に郵便で取り寄せている暇はありません。主人は仕事ですし、私は三男の幼稚園の送迎の都合もある。
仕方がないので、鉄道会社に電車のダイヤを聞いて、市役所に戸籍を取れる場所を聞いて、予定を立てました。名古屋駅から片道およそ1時間です。
生まれたての玻南を抱っこ紐で抱っこして11時半の電車に乗って、目的地に着きます。戸籍を出せる市役所の出張所は駅隣接のビルにありました。
走ってビルを移動し、出張所で戸籍謄本を出してもらいました。時計は帰りの電車が出るまであと5分であると告げています。
またも走りました。久しぶりに遠出したんだからお土産の一つも買って帰りたいところでしたが、この電車を逃すと三男の幼稚園のお迎えに断然間に合わない。この電車でも、1時25分名古屋駅着だから、1時半のお迎えにはぎりぎり遅刻。買いたい名物を尻目に切符を買い、電車に飛乗りました。電車に間に合いほっとすると、重力が強くなったような気がしました。とにかく、疲れた。が、もう一仕事。何人かの幼稚園ママにメールして、「少しお迎えに遅れるので、先生から三男を受け取って園庭開放で遊ばせてほしい」とお願いをする。そのうち、何人かのママにokをもらったので、これで一安心。
この後始まる一連の申し立てで、もっとも私たち家族を支えて助けてくれた人たちの何人かは、この幼稚園ママたちでした。お迎えに遅れるときに受け取ってくれたり、家まで送ってきてくれたり、預かってくれたり情報をくれたり。
三男が年中になるときに家庭の事情で幼稚園を転園しましたが、今思い出しても、ここの園ママとの交流は大切な大切なものでした。彼女たちの暖かい助けがなかったら、このとんでもない騒動も最後まで乗り切ることはできなかったと思います。
話し戻って、この電車、名古屋駅が終点。ちょっと、うとうとしよう。
が、疲れているのになかなか眠れず、とうとう名古屋駅まで一睡もできなかった。ハア~。
必要な提出書類は準備できたものの、一番困ったのは不服申し立ての理由書。
理由?総合的に考えたら、別表の2になんら遜色なく常用平易だし、ワープロや携帯でも簡単に検出できるし。意味もいい字だし、何で使えないわけ? ぐらいに思っていました。本当、無知でした。
戦うときには、相手が反論できないほど徹底的に論じなくてはなりませんでした。裁判官なんて、庶民の味方をしてくれる正義の味方でも何でもなかったです。
けっして大岡越前みたいな立派な人ではなかったですね(怒)
仕事したくない、事なかれな怠け者?って感じです(怒)。
さてさて、何を書けばいいのかいまひとつわからず、散々悩んだ挙句裁判所がくれた、理由書の書き方の例に倣って、それよりはもう少し丁寧に書きました。
(続く)
まず、誰が初発患者かわからないのですが、ゴールでウイークが始まる前から、私がひどい咳と痰に悩まされ、次に長女が声が出なくなり、やがて長男へ。
それでも、日常生活に支障が出ることはなく、そのままゴールデンウイークに入りました。
主人が駒が岳に行こうと言い出し、私も自分の仕事がひと段落ついたので賛成し、部活に忙しい上二人を放っておいてした参院を連れて出かけました。
野生のカモシカやサルを見ながらロープーウエーのふもとに着き。頂上に上ると、予定していたハイキングコースは雪の下に。
初めての雪に大はしゃぎな玻南をカメラに収めて、みんなでソフトクリームを食べましたが、お約束通り、三男はコーンを残して全て床に食べさせてあげました(怒)。三男のやさしさに感動した母は、半分分けてあげましたよ。もちろんゲンコツ飴もトッピングしてあります(笑)。
その後はふもとのハイキングコースを回り、「さあ、名物でも食べて帰ろうかア~」と話していると、突然「さっきコケたから頭がくらくらする~」と泣き出す三男。発熱です。
仕方がないので、名物もあきらめてソッコー帰宅しました。そして2日後。入れ替わりで玻南が発熱。結局ゴールデンウイークは、絶えず誰かが寝込んでいるお休みになりました。
まあ、その分家でゆったりできてよかったんだけど。
そして本題。
記憶が正しければ、玻南の出生届を持ち帰った翌日は土日で、市役所はお休み。で、よく月曜日の朝、たぶん8日だったような・・・?(すると、前回ブログに書いた、12月7日の出生届は、日付が違うかも?? まあ、出生届の提出期日最終日であることは間違いありません)
とにかく、改めて主人が出生届を出しに行きました。もちろん「不受理」は覚悟の上です。
この日は、簡単でした。
主人が出世届けを出す。市役所の人がこれでは受理できないという。それで、不受理のはんこを押されて、その書類を持ち帰る。
そんれだけです。
そうそう、まだよくわかっていなかった私たちは、。市役所の人に、どこにどんな手続きをしに行ったらいいのかをもう一度聞きました。
市役所に人は、親切にもう一度、家庭裁判所に、市町村長の出生届不受理処分に対する不服申し立てをする、と教えてくれました。
アンケートの自由な意見の中には「市役所の人は法律を守っているだけで悪くない。あなたたちがわがままだ。」という意見がいくつも見られました。私たちもそう思います。
市役所の人たちは、法律どおり職務を遂行しているだけに過ぎないと思います。それを超えて許可を出したりしたら、それこそ問題です。
私たちは、誰かを非難していたわけでも、市長に不服があるわけでもありません。だって、彼らは法律どおり職務を遂行しているだけなんだから。
それなのに、この申し立ての名前は「市町村長の処分に対する不服申し立て」。
これ、すっごく変だよ~。市町村長に不服を言うこと自体、筋違いジャン。法律守って「不服申し立て」されるなんて、もし自分が市長だったら「そんならどうしろっていうんだよ??」といいたくなりません?
それとも、市町村長に漢字を追加する裁量権があるのかな? 法律には「家庭裁判所がその裁量権を行使することができる」ってあったような。
この名称、きわめて不条理な気がします。そもそも、私たちが申し立てたいのは、「この戸籍法の趣旨どおり、常用平易な漢字の『玻』を人名漢字に加えてよ、家庭裁判所さん」ってことで、どこに市町村長が出てくるのさ?むしろ、その申し立ての相手は法務大臣か法務局じゃないの? と思います。
本題に戻って
そして、主人は庭裁判所に行って事情を説明しました。裁判所の人は書類をくれましたが、これが主人もはじめてみるものなので、その場ですらすらと書くことができず、いったん持ち帰りました。
また、書類といっしょに、添付書類や費用の書類ももらいました。
そこには、戸籍謄本がいるとかいてありました。私たちの戸籍は県外にあります。
しかし、期日はとても迫っていて、悠長に郵便で取り寄せている暇はありません。主人は仕事ですし、私は三男の幼稚園の送迎の都合もある。
仕方がないので、鉄道会社に電車のダイヤを聞いて、市役所に戸籍を取れる場所を聞いて、予定を立てました。名古屋駅から片道およそ1時間です。
生まれたての玻南を抱っこ紐で抱っこして11時半の電車に乗って、目的地に着きます。戸籍を出せる市役所の出張所は駅隣接のビルにありました。
走ってビルを移動し、出張所で戸籍謄本を出してもらいました。時計は帰りの電車が出るまであと5分であると告げています。
またも走りました。久しぶりに遠出したんだからお土産の一つも買って帰りたいところでしたが、この電車を逃すと三男の幼稚園のお迎えに断然間に合わない。この電車でも、1時25分名古屋駅着だから、1時半のお迎えにはぎりぎり遅刻。買いたい名物を尻目に切符を買い、電車に飛乗りました。電車に間に合いほっとすると、重力が強くなったような気がしました。とにかく、疲れた。が、もう一仕事。何人かの幼稚園ママにメールして、「少しお迎えに遅れるので、先生から三男を受け取って園庭開放で遊ばせてほしい」とお願いをする。そのうち、何人かのママにokをもらったので、これで一安心。
この後始まる一連の申し立てで、もっとも私たち家族を支えて助けてくれた人たちの何人かは、この幼稚園ママたちでした。お迎えに遅れるときに受け取ってくれたり、家まで送ってきてくれたり、預かってくれたり情報をくれたり。
三男が年中になるときに家庭の事情で幼稚園を転園しましたが、今思い出しても、ここの園ママとの交流は大切な大切なものでした。彼女たちの暖かい助けがなかったら、このとんでもない騒動も最後まで乗り切ることはできなかったと思います。
話し戻って、この電車、名古屋駅が終点。ちょっと、うとうとしよう。
が、疲れているのになかなか眠れず、とうとう名古屋駅まで一睡もできなかった。ハア~。
必要な提出書類は準備できたものの、一番困ったのは不服申し立ての理由書。
理由?総合的に考えたら、別表の2になんら遜色なく常用平易だし、ワープロや携帯でも簡単に検出できるし。意味もいい字だし、何で使えないわけ? ぐらいに思っていました。本当、無知でした。
戦うときには、相手が反論できないほど徹底的に論じなくてはなりませんでした。裁判官なんて、庶民の味方をしてくれる正義の味方でも何でもなかったです。
けっして大岡越前みたいな立派な人ではなかったですね(怒)
仕事したくない、事なかれな怠け者?って感じです(怒)。
さてさて、何を書けばいいのかいまひとつわからず、散々悩んだ挙句裁判所がくれた、理由書の書き方の例に倣って、それよりはもう少し丁寧に書きました。
(続く)
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